君の憂い




ほどなくして、彼らはAAに帰還した。
トールからきっぱり「戻る意思は無い」と告げられ、説得しようにも同席していたララや村人に追い出され、まるで物別れするように。その帰路は本当に空気が重く、誰が何かを言えるような雰囲気など皆無で、船に着いたら、マリューはブリッジへ、他は各々自分の部屋に戻り……

最初はディアッカも、そっとしておいた方が良いのかな、と思った。
あれは、これまで自分達が行ってきたこと全てを否定されたようなものだ。それもこちら側の事情を知っている、友人であり――……恋人からの全否定。一人で考える時間もほしいだろう、と。
けど……でも、やはりミリアリアを一人にしておくのは、危険な気配がした。
この数ヶ月、拭いきれない危うさを抱えてきたミリアリア。その「危うさ」が加速される気がして。
そして部屋に向かえば、もぬけの殻。
探し回ってデッキに来れば、何やら手すりに掴まり、柵から身を乗り出すように風景を目に入れている。

だから、あえて。
あえて、茶化すように声をかけた。


「おーおー、思いっきり落ち込んでんなー」
「…………」

ミリアリアは答えない。それでも自分の声で身体が一瞬強張ったのが確認でき、声は届いてるな、と安堵する。
普段と変わらない調子で、ディアッカは歩み寄る。

「なんだ? ちょっと冷たくされただけじゃんか。そんなに落ちんなよ」
「…………」
「それとも、あの女が引っかかってるとか?」
「あんた煩い」

隣に佇んだところで、冷たい一言をお見舞いされる。どうやら彼女の存在が、かなり大きいようだ。

「気にすんなって。どーせそんな深い仲じゃないって。今度は手土産でも持ってって、『自分の男に手ぇ出すな』くらいのこと言って――」
「やめてよ!!」

堪らず、ミリアリアは声を張り上げた。
余裕が無い。
この場の空気を『軽いもの』に換える余裕が無い。
いつもなら……普段なら、それこそ『じゃ、晴れてあんたは振られるってことね』――なんて、ディアッカとしては笑えないことを言ってのけそうなのに。


入り込めない。
ミリアリアの心に、入っていけない。
歯痒さを感じながら、それまでとは一転し、優しく問いかける。

「じゃあ、どうするんだ? このままトールと喧嘩別れか?」
「喧嘩なんか――」
「ほとんど喧嘩別れじゃんか。それとも一人で行く勇気、無いか?」

気遣うように、髪を撫でる。
自分なりの励まし方。
少しでも、彼女の気持ちが上に向くように。

けれどミリアリアは、その時ディアッカが到底考えの及ばないものと戦っていた。
相手は、ディアッカの優しさ。
彼は優しい。
すごく、優しい。この優しさに、自分は何度も助けられてきた。

でも……今はだめ。
今、ディアッカに優しくされたら……
優しくされたら、甘えてしまう。
逃げてしまう。


そうしたら――……


傾きかけた心を閉ざすよう、ミリアリアは拒絶する。

「私のことなんか、放っておけば良いじゃない!」
「〜〜放っておけるかよ!」

堪らずディアッカは声を上げ、ミリアリアの両肩を掴んだ。
通じない気持ち。届かない想い。返ってくるのは拒絶の言葉ばかり。
なぜ気付かない。
なぜ――自分の気持ちを汲み取ってもらえない。
今、彼女に告げてきたことが、どれほどディアッカにとって辛いものだったか。
声の大きさに驚き、呆然とするミリアリアに、ディアッカは続ける。

「そんな、あからさまに落ち込んでて、放っておけるわけないだろ。力になりたい、とか思っちゃいけないのかよ」
「だっ……て、……あんたに関係ある話でも無いし……」
「……んで、そんなに鈍いんだよ、お前……」



関係ある話じゃない?
そんなことない。
思いっきり関係あるじゃないか。



堪えらきれない。
もう、さらけ出してしまえ。

伝わらない心に苛立って。
ディアッカは――叫んだ。

「俺は……っ、俺は、お前のこと――」







ちょうどその頃。

「…………あれが……アークエンジェル……」

AAが身を隠す森の中に、ララの姿があった。
彼女は厳しい眼差しでAAを見据えると、ゆっくり船へと歩き出した。

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