喜びの裏側で




ディアッカは、ただ呆然としてしまった。横目には、慌てて車に戻るノイマンが映っている。多分交信機を使い、AAに彼のことを伝えるつもりだろう。
そしてミリアリアは、ゆっくり彼へと向かっていた。
震える足を叱咤しながら、一歩、また一歩近づく瞳には涙が溜まり、ついには一滴零れ、水の筋が走る。

「トール……? 本当に、トール?」
「一応、本物のつもりだけど?」

笑ってトールが手を伸ばす。おいで、と言わんばかりの態度に、ミリアリアはたまらず、走り出した。
手を掴むと――やはり幻ではない。
トールは、生きていた。その現実に、ミリアリアは涙が止まらなくなる。

「トール! トール……生きてた、トールッ……!!」
「悪かったな、ミリィ。報せることが出来れば良かったんだけど……こっちも立て込んでてさ」

ミリアリアの髪を撫でるトール。その図はディアッカに大きな不快感をもたらした。
死別したと思っていた恋人との再会――喜ぶ気持ちは分かるし、別に「ミリアリアがトールの生存を喜ぶ」ことに異論は全く無い。むしろ歓迎しているくらいだ。
この頃よく意識をさ迷わせていたのは、戦争が終わったことの安堵感もあるが、それ以上に「トールの死」が原因と考えられた。少なくとも彼が生きていてくれたおかげで、後者の原因が解消される。彼が生きていたことで、救われる人間は多いだろう。
ただ、それ以上に引っかかることがある。違和感が拭いきれない。
彼は、どうして……


「……トール……今まで、どうしてたの?? どうやって……」
「まあまあ、慌てるなよ。どこか……ああ、そうだ。村長の家でゆっくり話すよ。良いだろう?」

――と、トールは顔を背後に向けた。彼の車椅子に付き添う、ミリアリアより少し年上の女性に。
彼女は不機嫌な面持ちで言った。

「私は……別に、構わないわ。おじい様に訊いて」

口で「構わない」と言いながらも、その顔は「来るな」と訴えている。
そこに、交信に行っていたノイマンが戻ってきた。

「キラ達、すぐ来るって!」

その瞬間を、ディアッカは見逃さなかった。
「キラ」という名前を聞いた瞬間、微笑をたたえるトールの顔が、一瞬だけ曇ったことを――





村長宅に着くと、彼らは少々広めの応接室に案内された。ここに着くまでの間、そして着いてからも、トールとミリアリアはずっと二人で話をしている。戦争の確信部分に触れることは無く、どちらかと言えば、カレッジの頃の思い出話。途中、カズイやフレイの話になり、重い空気も流れたが、全体的に和やかな雰囲気で場は流れていた。
その間、ディアッカはトールの車椅子を押す女性を気にしていた。
二人の話も気になる――が、彼女の存在も大いに気になる。二人の笑い声を聞きながらも、まるで声が聞こえないように、耳を塞いでいるような……耐える表情に、彼女は自分ととても似た立場なのではないか、と直感する。

「でも、どうして村長さんのお家に……」
「俺、ここに厄介になってるんだよ」

言って、用意されたお茶を口に含むトール。そこで部屋の扉が開かれた。
強く、勢い良く。現れたのは、キラ、サイ、マリューの三人で、トールの姿を見た瞬間、言葉を発する間もなく彼に駆け寄った。

「っ……ほ、んとに……トール、なんだね……」
「お前、俺達がどんだけ心配したと――」
「あー、はいはい。ま、とにかく座れよ。つもる話は落ち着いてしようぜ」

挨拶もそこそこに、彼は三人を座らせる。どこから話そう……話の入り口を探していると、痺れを切らしたキラが口を開いた。

「……どうして助かったの? あの状況で」

キラは確かに見た。スカイグラスパーが壊され、トールのメットが飛んでいく姿を。あの状況で生きられるとは思えない。
けど実際、トールは生きていて。

「運が良かったんじゃないか?」
「あのなあ、トール……」
「そうとしか言えないよ。俺だって、目を開けたら天国が広がってんだろーなー、とか思ってたら、ちゃんと生きててびっくりしたんだからさ」

頭を抱えるサイに、トールはあくまでマイペースだった。
そう。本人が一番「奇跡」と思っている生存劇なのだ。

「とにかく、スカイグラスパーから放り出されて……気付いたら浜辺に漂着しててさ、そこをララ――彼女に助けられたんだ」

トールが手を向け、「ララ」と紹介したのは、彼の車椅子を押していた女性。

「ララが見つけてくれなかったら、俺、本当に死んでたかもな」

目を合わせ、微笑みあう二人。その柔らかな空気に、ミリアリアの心はざわめきを覚えた。

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