予期せぬ面影





「物資はこっちだ」

案内してくれるのは、村長の息子。刺々しいながらも道先案内人を務めるのは、これが「国」の命令だから。でなければ、早々に追い返されていることだろう。
この村は――この島は、戦時中大きな被害を受けた。それは、AAも絡んだ戦闘が原因だった。
オーブ近海で起きたザフト対連合の戦闘。そして連合がオーブへの侵略を企てた際の戦闘。この二つで、島の機能は著しく削がれた。
どちらにも姿を現した戦艦・アークエンジェルは、島民にとって、忌まわしい船でしかない。

「君達は……いつまでここにいるんだ?」

歩きながら、村長の息子が尋ねてきた。早く出て行ってくれないか――そんな空気を読んだのだろう。ディアッカが、あっけらかんと言ってのける。

「本当はすぐにでも退散したいんだけどねー。文句ならお偉いさんに言ってくれや」
「ディアッカ!」

誠意無き口調を、ミリアリアが諌める。しかしディアッカは、頭の上で手を組んだまま、謝ることも無く案内人を睨むだけ。

「ごめんなさい……こいつ、決して悪い人間じゃないんです……ただちょっと、口が悪いだけで」
「……いや、確かにそうだな。政府に文句を言えれば、一番早い」

村長の息子は、ミリアリアのフォローを聞くどころか、ディアッカの嫌味に同調した。
それは決して喜べることではなくて。
ミリアリアの、ノイマンの、そして発言者であるディアッカの背筋に、寒いものが走る。


〈……なあ、ミリアリア……ここの奴ら、信用して大丈夫なのか……?〉
〈でも、ここの人達に協力してもらって、私達無事でいられるんだから……〉


ひそひそと案内人に聞かれないように、胸の内を吐露する。
AAが村にいられるのは、オーブ政府の声があってのこと。そこに「文句が言えれば」という発言が出るのは、政府が弱体化しているからに他ならない。
確かにオーブは「敗戦国」。弱体化は避けられないが、それでも今、上層部に戻ろうとしているカガリは「国民人気」がとても強い――はずなのだ。最後は世論の力で首長の座を得ようとしているカガリにとって、十分不安材料になりえる声だ。


〈……いつでも逃げ出せる準備、しといた方が良いかもな……〉


ディアッカの呟きは、ミリアリアの耳にだけ届く。
でも、逃げなくてはならなくなったとして、どこに逃げれば良いのだろう。オーブで居場所が無ければ、AAの行ける場所は無いと思っておいた方が良い。

「さあ、着いたぞ」

五分少々歩いて、物資の保管所に到着する。まだ村民の分とAA分とに分かれていないらしく、食料は大きなカートにまとまったまま、数人の村人が配分作業に追われていた。

「少し待っていてくれ」

案内人も、作業に加わる。ミリアリア達は加われない。それは客人だから――ではなく、彼らにとって「信用できない者」だから。
この壁は、いつ越えることが出来るのか……ミリアリアは落胆の色を隠せない。

「いちいち落ち込むなよ、ミリアリア。こっちまで気が滅入るじゃん」
「だって…………」

口を尖らせ、顔を上げ――視線をディアッカに向ける途中で、ミリアリアの表情が固まった。
彼女の目に、信じられないものが飛び込んできて。

「? どうし……っ!!」

視線を追ったノイマンもまた、衝撃に声を失った。
二人についていけないディアッカだけが、疑問符を飛ばして風景を眺める。
村とAAの分に物資を分ける面々。そして作業の指揮を執る人間や、それに付き添うもの、手伝う者……驚く要素と言えば、指揮を執る人間の傍に、車椅子に乗った村人が混ざっているくらいだろうか。

「……何? あの車椅子青年に感嘆のため息、とか?」

いや、そういう類でないと分かる。
分かるが、それくらい言わないと、自分の意見なんて聞き入れてもらえないと思い、ディアッカはわざとふざけた言い回しを選んだ。
だが――結果、それすらも二人は取り合わなかった。

ミリアリアが一歩、足を進める。
呻いて。




「…………トー……、ル?」




その呻きは、ディアッカの脳天を直撃する。
信じられない言葉を聞いた。
トール。トール・ケーニヒ。
ミリアリアの――恋人。彼は、アスランに殺されたはずだ。
きっと良く似た人物が、村にいただけ……


だが、ディアッカ達に気付いた車椅子の青年は、ミリアリアを見つけるなり、柔らかい声で囁いた。


「……ミリィ……久しぶり」


笑顔が。
声が。
放った言葉が教えてくれる。


彼は――彼女達の知っている「トール」だと――

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