この世の現実



「外暑〜い」

AAから出るなり大きな伸びをしたミリアリアから、自然と「本日の天候の観想」が飛び出した。
二月とは言え、地域柄オーブは暖かい。日差しが強く、木の密集した場所とあっては、熱気がこもるのも無理の無い話である。

「おーい。はしゃいでると、帰りまでもたないぞ?」
「残念ながら、そんなにひ弱じゃありませんー」
「そりゃまた残念。ミリアリアさんに『倒れる』って二文字はありませんか」

ミリアリアに続き、ディアッカも大地を踏みしめる。その後ろにはクルーが何人か姿を見せ、別のハッチからは荷台車が何台も出てきた。

「……何か、前回より一台少なくない?」
「ああ、前回分がまだ残ってるんだと。だから今回は少なめにしようって艦長さんが言ってたぜ」
「そう、だよね。私達の分だけじゃないもんね」

徐に、二人は道の先を見た。
広がる森の中、二人の足元を走る大きな道。この先に、島唯一の集落が待ち構えている。
戦争の被害にあった村は、オーブからの配給支援を受けていた。そしてAAが身を潜めてからは、カガリの名と官邸への働きかけにより――特例処置として――AA分の配給も、集落に届けてもらっている。それを今から取りに行くのだ。

「私達が使わない分は、村の人たちに使ってもらわないと」
「そうそう。俺達結構優しいよな〜」
「当たり前のことじゃない。何悦入ってるの?」

ぎろりとミリアリアに睨まれ、ディアッカは「降参」と両手を挙げる。


二人はこんな関係だった。
戦争が終わって、いつまで続くかも分からない逃亡生活を強いられて……それでも二人は、他愛無くじゃれ合える関係を保っていた。
――表向きには。
ディアッカは気付いている。ミリアリアの心に、限界が近づいていることを。

戦いが終わった。
武器を手に力をぶつけ合う時間は終わった。
そんな安心感からだろうか……最初に限界を向かえたのは、キラだった。

心が折れた。
自分の行ってきた「戦い」と、それに伴う「傷跡」。つけた傷への罪悪感と、つけられた傷の痛みから、キラの心は弱り、苦しみの淵へと歩いていってしまった。
対照的に、それまで以上に芯をしっかり持つようになったのは、サイ。キラの折れっぷりを間近で見て――支えなくては、と思ったのだろう――その意思が、彼の心を弱らせなかった。
そして、ミリアリアは。

「ミリアリア、出発だぞー」
「――分かってるわよ!」

車の扉を開け、手招きするディアッカに、少しボーっとしていたミリアリアは、ちょっとだけ怒り気味に答えた。
ふてくされて後部座席に乗り込んだものの、外を眺めるミリアリアの瞳からは、徐々に光が消えていく


ミリアリアは――虚ろな時間が増えた。
時折、今ではない時間をさ迷う……意識を自分の心の奥に潜らせることが多くなった。

「頼むから、ボーっとしすぎてその辺で転ぶ――なんておバカな真似、しないでくれよ?」
「あんた――……私を怒らせたいの? それとも悪意無し?」
「悪意無く怒らせたい口」

にこりと笑うディアッカ。
ぴきっと血管を浮き立たせるミリアリア。
そして――ミリアリアの「制裁」が幕を開ける。

「飽きないなー、君達は」
「もう!ノイマンさんってば……冗談は止めてください!」

車の運転手・ノイマンにも言われてしまい、ミリアリアは手を止め、頬を膨らませた。
彼女は気付いていない。この頃ディアッカが冗談めいたことを行動に移す時――それは決まって、彼女の意識が、どこか遠くへ旅立っている時だということに。
ディアッカは、怒らせることで、ミリアリアを呼び戻している。
そのままにしていたら……二度と、戻って来ないような気がして。


がたんごとんと音を立て、数台の車が道を走る。
ノイマンが気付かない内に――どうやらミリアリアの機嫌が良くなったらしく、後ろから他愛無い世間話が飛び交っている。そんな中、静かに車体にブレーキがかかった。集落に到着したようだ。

「ほら、気ィつけろよ」
「だから、そんな簡単に転ばないって」

鎮火した話題に戻され、語気が少し荒くなる。
しかし、それも一瞬のこと。周りの、集落の住民から浴びせられる冷たい視線にミリアリアは心持ち、ディアッカの後ろに隠れ気味になる。
仕方の無い事と分かっていても、毎回こんな風に見られるのは、結構堪える。

そう、仕方の無い事。
彼らは――AAは、「歓迎されざる客」なのだから――……

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