CE72年2月の彼ら



CE72年、2月。プラントと地球の間では、はっきりとした形での停戦が約束されていなかった。
ユニウスセブンで行われるトップ会談。後に「ユニウスセブン条約」と呼ばれる停戦条約は、プラントから停戦の申し出が出て四ヶ月が経っても、一進一退を繰り返している。
「停戦」――その言葉が出た時、戦火の真っ只中にいたサイは、これで全てが終わると思った。すぐに戦いは止み、お互いを尊重しながら生きていける……そう、楽観視した。
けれど現実は違う。停戦の条約を結ぶにも、これほどの時間がかかっている。
人々の意識だって、そんなに大きく変わらない。相変わらずナチュラルはコーディネーターを危険視するし、コーディネーターはナチュラルに憎しみと嫌悪感を持っていて、その姿はメディアを通じて報道される。
そして、自分達の身の安全も、完全に約束されたわけではない。
例えばアークエンジェルクルーは、連合から「逃亡兵」として追われる身であり、捕縛されれば命が危うい。
エターナルは結果的に、祖国に弓を引く格好になってしまった。戦争を終わらせるための苦肉策とは言え、一番避けたい現実を作った。

行き場の無い自分達を助けたのは、サイにとっても祖国――オーブだった。
最初に提案したのは、カガリ。


「オーブに亡命しないか?」


連合の保護下に置かれたオーブは、連合側が停戦を受ける方向で傾いたことにより、停戦から一ヶ月で解放された。他の中立国の後押しと、地球にとって脅威以外の何者でもなかったヤキン・ドゥーエを崩壊させた功績、何より連合の上層部に、「オーブへの敵対政策」を力推し出来る人間がいなくなったことが一番の原因となった。
カガリやキサカと言った上官クラスは、オーブ本土に戻り、内外政策の調整を行っている。アスランも「アレックス・ディノ」と名を偽り、カガリに同行した。カガリは現在、正式なオーブ首長の地位には就いていない。同時に、国を焼いた元・首長の娘である。身の危険が十分考えられるため、ボディーガードの役目をアスランが自ら申し出たのだ。
とにかく、亡命するにもカガリが首長の座に就かなくては話にならない。

無事を知らせたい人は、たくさんいる。
自分が生きていることを。
ここに、いることを――


「……ここ、好きだな」


サイはAA艦内を一回りすると、最後にデッキへ足を向けた。
扉を開けると探し人の後姿をすぐに見つけ、「やれやれ」と声をかける。
探し人はサイを見ようとせず、広がる風景を眺めていた。
森林が広がる小さな島の集落傍に、AAは身を寄せていた。エターナルは無い。さすがに戦艦二隻を隠すのは大変だ、と宇宙に置いてきた。乗組員は一部エターナルに残り、ほとんどはAAに移乗している。
AAは森の中にその身を隠している。しかし上艦部は木の高さより若干上を行き、おかげで、デッキから島を一望することが出来た。
ここはオーブの外れ、国境すれすれにある辺境地域。その島には、無数の被弾跡がくっきりとつけられている。
戦争の痕跡。

「そろそろ中に入ったらどうだ? キラ」
「…………」

隣にサイが立っても、探し人――キラは、目を風景から反らそうとしない。

「ほら、そんな沈んだ顔をしてたら、ラクスさんが心配するぞ?」
「…………分かってる……けど……」

小さく、キラは言う。

「……この島の人達を傷つけたの……僕たち、なんだよね……」
「――キラ」

目を背け、サイはぴしゃりと切り捨てた。

「もう止めるんだ。そうやって……自分を否定するのは」
「…………否定、か」
「そうだろう? 俺達はあの時、自分達に出来ることを選んだ。なのに――」
「――でもね、サイ」

今度はキラが、サイの言葉を切る。そこで初めて彼の目を見たキラは、悲しい顔で続けた。

「ここは……ここからは、あの島が見えるんだよ?」
「――……」

サイは、泣きそうな顔を伏せた。
景色の奥に、海の向こうに、微かだが島が見える。
見覚えのある、忘れたい場所。
みんなが悲しみに泣いた、あの「島」が――……

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