運命序盤・シンはカガリを連れ出した


暴  走






シンは走った。手を引いて。

「ま――……おい、シンっ! 何なんだ、一体!!」

カガリの手を引いて。
ミネルバの艦内を、二人は走る。

「聞いているのか? シン!」
「聞いてるよ!」

黙らせようと叫び、シンは止まった。肩を上下に動かして、苦しそうに息を整えるカガリの姿に、一瞬、罪悪感が生まれる。
一瞬だけ。

「……早く、戻らないと……」
「戻る?」

カガリの言葉が、シンに闇を与えた。
深く哀しい黒い海。

それは――嫉妬。

「……そんなに、あの人の傍が良いのかよ」
「シン?」

痛々しいシンの顔に、カガリの顔も歪む。

「あの人のこと、そんなに好きなのかよ!」
「シン、ちょっと待て! お前――」

カガリは激しいめまいに襲われた。
息が詰まるほどの力が、自分を縛る。


シンの腕が、自分を強く、包み込んでいる――


振り解こうにも、全く力が入らない。抵抗は、シンの力が……シンの想いが、許さなかった。

「渡さない……あんな奴にあんたのこと――渡してたまるか!」
「……シン?」

シンの足から力が抜け、二人はゆっくり崩れ落ちていく。小さく震えるシンは、それでもカガリを離そうとしなかった。
ミネルバの、一階から二階へ通じる階段の横で、隠れるように座り込む二人の姿。これは、外から簡単に見つけられるようなものではなく。


「――カガリ!」
『!!』


突如、アスランの声がクリアに聞こえてきた。
カガリを探し回っているであろう、ボディーガードの声。

ミネルバを自由に見回って良いと言われ、中を見学させてもらっていたアスランとカガリ。そんな中、ちょっと目を離した隙に主人が居なくなれば……ボディーガードが躍起になって探す姿は、目に見えている。
それでもシンは、カガリを連れ出してしまった。
アスランが飲み物を求め、彼女の傍を離れた隙に、有無を言わさず手を引いて。


一目見たその時から、心はこんなに、囚われてしまっている――


「カガリ、どこだ?!」


アスランの声が響く。すぐ傍に居るのに、彼は二人に気づかない。
そしてカガリは……迷っていた。
シンの力は、ほとんど抜けてしまっている。きっと、自分のした事の重大性に気づき始めているのだろう。
逃げようと思えば逃げられるような状況だが……このまま、シンを置いて行ってしまって良いものか。

子供のように絡みつくシンを……放って行けるのか??


「カガリ!!」


アスランが探してる。
声を上げたい。彼の名を呼びたい。
なのに、ほんのひとかけらの「シンへの想い」が、カガリの中に息づく「正しい行動」を制してしまう。

心配するアスラン。
怯えるシンの瞳。
カガリは……

「……悪い、アスラン……」

一言だけ謝って、カガリはシンを抱きしめる。

「……なんで……」
「勘違いするなよ。今だけだ。その、情けない顔が戻るまでだけだ」

少しだけ。
気持ちがおさまるまで。
せめて、暴走したシンの心が落ち着くまで。

それまでごめん――と叫びながら。




-end-


結びに一言
これはどこだ? 運命序盤か?! と自分で叫びながら書いた一本(叫ぶな)
最初は夜の街を走ってたのですけど……いつの間にかミネルバになってました。
……怪しい雰囲気の話が書きたかったのです(汗)

*前次#
戻る0