昔猫を飼っていた。迷い猫か、それとも捨て猫か、よくわからないけど家の前でにいにい泣いていたから拾って飼う事にした。その時には子猫と言うにはおこがましい、しかし大人になりきっていない身体つきをしていた猫だった。春に拾ったからハル、という名前をつけた。ハル、と呼ぶと素直ににゃあと返事をして、日向ぼっこが大好きな猫だった。冬のある日に散歩に出かけてそのままどこかに行ってしまった。ハル。砂糖と牛乳をたっぷりいれたような、甘そうなミルクティー色をした猫。

「おやぁ、ハル」

お前、変わらないね。と足元にすり寄ってきたからだを抱き上げる。頬に額を摺り寄せてくるけむくじゃらの塊にむかってハル、と囁くとごろごろと喉を鳴らす音にまじって小さくにゃあと鳴き声が聞こえた。

「お前、あれからどこにいっていたんだい」

随分探したんだよと不平を言いながら鼻を叩くとくしゅんとくしゃみが帰ってきた。ああ、でもよかった。またお前に会えて。ぎゅうと腕の中の塊を抱きしめると喉を鳴らす音がひと際大きくなった。

「迎えに来てくれたんだね。でもあたしのこと、分からないかと思ったよ」

もうおばあちゃんになっちゃったからねぇと鼻と鼻とを突き合わせて笑うと、ハルは笑うように目を細めて、またにゃあと甘えた声で鳴いた。79年ぶりの彼女は最後に姿を見た時と全く変わっていなくて、なんだかこちらまで若返った気分になってしまった。

「ハル、お前に紹介したい人が何人もいるんだよ」

こちらに来たら、一緒に迎えにこようよ。ハルがするりと腕から抜け出して、前を先導するのを追いかける。いつの間にか腰や手足の痛みも、最後まで苦しめられた胸の痛みもすっかりなくなっていて、一足先に前へ行って、こちらをまっているハルの元へ小走りで向かった。坂の上でちょこんと座っていたハルのあたまについていたさくらの花弁をとってやって、ここは天気が良いから久しぶりに日向で一緒に寝ようと言えば、ハルはぴんと尻尾を立てて、とことこと調子よく先に進んで行ってしまった。待ってよハル、と笑いながら小さな後姿を追いかけるとふわりと心地よい風が吹いて、昔のように長くのびた髪をさわさわと揺らした。