別にたいした能力を持ってるわけじゃない。突出した特技をもっているわけでもない。大切な人がいるわけでもない。仕事にも充実感なんてものはない。私は何かを持っているわけではないし、何かをほしがっても手に入るはずがないと思っている。どちらかというと社会の負け組であり、敗者であり、いつも尻尾を丸めて群れの後ろをトボトボついていく犬である。私のような人間は決していないわけではなく、きっと私のように無味乾燥なまったくもって生きている意味が分からない日々を送っているのだろう。

「世間ではそういう人のことを無敵の人と呼ぶそうですよ」
「へぇ」

わかったようなことを言うね、と目の前でべらべらと特に聞きたくもない後輩の話に相槌を打つ。この一つ下の後輩はあまり私を好きではないようで、それなのになんだかんだと理由をつけては私と組み、そして私を貶しに来る。きっとそれは私が対して反論しないことにも理由があるのだろう。○○先輩ってあれですよね、生きてて楽しい事ってあるんですか?と、なんでそんなことを聞くんだろうと思わせる質問にそりゃああるよ、と答えて帰ってきた言葉は以外ですねだった。ずけずけとものを言うなぁと寧ろ感心したことを覚えている。

「先輩もそれっぽいですよね」
「そうかな」
「だって、別に趣味があるわけでも恋人がいるわけでもないんでしょ?」
「まぁ」

そうだねぇというと後輩はやっぱり、と嬉しそうな調子で笑った。何が面白いのかは分からないがその笑顔に蔑みと優越感が含まれているのは確かだ。目の前に置かれたコーヒーカップを手にとってぬるくなってしまったコーヒーを一口すする。後輩がお勧めだと持ってきたそれは何一つとして私の好みに合わない。そもそも人間的にあわないのだろうなとおもって私は口の中に含んだ液体を飲みこんだ。やけにぬめりを帯びたぬるまったい液体が食道を滑り落ちていく。

「そういえば先輩の御両親って、何をされてる方なんですか?」

なんでも今日やけに私に対して攻撃的な彼女は昨日とある記事を読んだのだという。これって先輩に似てるなと思って、と言われて差し出された記事は実に不愉快になるものだった。今私の目の前に座っている後輩は可愛いらしいし、なんでも噂によると気がきくらしいので男性に非常に人気があるらしい。君に似ているとおもって、と彼女の目の前に社内恋愛ものAVのパッケージを置いたらどんな反応をするのだろうと思いながら先ほど私はその記事をぼんやり読んだのである。そして残念なことにこの後輩の人を識別する目は確かであるらしく、私はその記事が自分に似ていることを認めざる得なくなった。伊達に男を喰ってないなと思った。

「私の両親は畳貼りの仕事をしていた」
「へー、畳」

先輩の御両親らしいですね、と一見愚直な感想のように見えることを言う後輩は本当に気がきくのだろうかと私は何度も思ったことがあった。彼女は私を馬鹿にしているのに、私の両親に会ったことも無いくせに、私の両親らしい仕事だ、というのはそれつまり侮辱であると思うのだ。そうかい、と返事をして私はもう一度コーヒーカップを手に取った。たくさん砂糖を入れられたうす褐色の液体がカップの中でぐるぐると回っている。うえに乗っていたホイップクリームは私が後輩の持ってきた記事を読んでいる間に全部コーヒーの中に溶けてしまった。後輩はコーヒーとホイップクリームを一緒に飲むのがおいしいのに、とその事についても私をなじったが、元々コーヒーはブラック派である私にはコーヒーにクリームが乗っていようが混ざっていようが全く同じことだった。強いて言うならば前者の方がコーヒーの味を感じられるかもしれないが、砂糖がたくさん入っているのだから結局変わらない。

「でも今時畳職人とか、儲からなさそうですね」

後輩には言っていないが、私の両親は5年前に二人とも他界している。これは別にこの女にいうべきことではないと思ったし、私も特に触れたい事ではないから話はしない。今は亡き両親の働く姿は、私にとって誇らしいものであった。あの独特な藺草の香り。精密な作業故、仕事中の親に話しかけて集中を乱すことはできなかった。幼き私は暇潰しに使えなくなった藺草を用いて小さな籠を編んでいた。作った者が子供であるから日常生活に使用できるようなものではなかったが、幼い子供の遊びにはとても役立つものだった。懐かしい思い出だ、と思いながらもはやカフェオレとなったコーヒーを飲む。あの家も作業場も、使うものがいなくなって売ってしまった。暫く地元に戻っていないが、今は何になっているのだろうか。荒れ地になっているのだろうか。それとも誰かが団欒の場所として使っているだろうか。

「そうだね」

私は別にたいした能力を持ってるわけじゃない。突出した特技をもっているわけでもない。大切な人がいるわけでもない。仕事にも充実感なんてものはない。私は何かを持っているわけではないし、何かをほしがっても手に入るはずがないと思っている。どちらかというと社会の負け組であり、敗者であり、いつも尻尾を丸めて群れの後ろをトボトボついていく犬である。私のような人間は決していないわけではなく、きっと私のように無味乾燥なまったくもって生きている意味が分からない日々を送っているのだろう。後輩が見せてくれた新聞記事に乗っていた人間も、書かれていたことから推測するにきっと私と同様だ。

中身を飲みほしたコーヒーカップを机の上に戻す。目の前の後輩はまだ私の両親に対して失礼な言葉を吐いている。テーブルの上には彼女がケーキを食べるのにつかったフォークがある。そのフォークはよく手入れされているのだろう、後輩が頼んだ食べづらそうな、いちごの乗った季節のミルフィーユはそのぱりっとした生地をフォークでやけにあっけなく一口大に分断されていた。彼女の良く回る唇と、声を吐き出す喉は実にやわらかそうだなと思って細目でその部分を観察する。よく考えてみれば仕事にかける情熱も無く、家族も恋人もいない私に世間的な抑止力はなくて、そして彼女の人を見る目は確かである。案外、自分で自分のことなんてわからないものだ。私は確かに無敵の人であった。