幼い時は普通に物が食べられた。虫だって動物だって何だって殺せた。怖くなんて無かった。肉を噛みちぎり、咀嚼し、飲み込むことだってなんでもなかった。ただお腹が空けば食べていた。自分が生きるために、ほかの生き物を踏み台にして。

「なぜ、そんな偽善めいたことをするのかと、ベジタリアンに良いイメージをもっていない方は皆そうおっしゃいますね」

かちゃ、とナイフとフォークを皿の上へおく。じゅくじゅくに熟れた果物を食べたせいでそれらは酷く汚れている。レポーターは美味しいですかと僕に聞く。ああ、これは美味いか不味いかで答えるとしたら、勿論後者なのだ。木の枝から自重で落ちた腐りかけの食べ物が、美味なはずがない。

「そりゃあ勿論、栄養は片寄りますよ」

本来人間は雑食性ですから、と僕はレポーターに微笑みかける。タンパク質をとらずに生きていると、どうしても体調が悪くなる。ビタミンその他の栄養素が足りていないからだ。小学生だって、自分の体になにが必要なのか知っている時代なのに、ぼくは町の片隅で一人栄養失調になっている。

「そうですね、贅沢だという言葉は間違っていないと思います」

生きることに必要なことを半ば放棄しているようなものだ。余裕があるからこそできること。ベジタリアンは先進国にしか現れない。勿論、例外もいるだろうが。

「そもそも僕がベジタリアンになったのはですね、自分に価値が感じられなかったからなんです」

他の生き物の命を奪って、価値のない自分が生きていく。ぼくはその事に耐えられなかった。あることが原因で自分を見限ったとき、僕はその日の昼食の中身を地面に全部ぶちまけた。生理的な涙で霞む視界のなかで、僕は半分ほど消化された豚肉の恨み言を聞いたのだ。

「もし輪廻が本当にあるのなら、来世は微生物になりたいですね」

ほんとにほんとにちっぽけな、どんな顕微鏡でもみつからなくて、生態系の最下位ににいるようなやつに。
親指と人差し指がくっつくかくっつかないか、そんな僅かな隙間をつくってレポーターに見せる。彼は半笑いのような表情をしたあとに、片手にもったメモ帳へ「夢は微生物」とやけに達筆な文字で走り書きをした。