エレンはこんなことしない(舌をかみちぎって死ぬ)
あと原作捏造してます













兵長の死体をかついで山奥に逃げた。雪のちらつく山頂で、白い息を吐きながらここまでくれば追手だってこれないだろうと先客がいた洞穴に入り込んでそこの主になって、まだ濃い血と獣臭がする穴の中に体を横たえる。早く血をすべて抜いて、皮を剥いで、内臓を引っこ抜いて・・・と思ったけれど疲れ切ったからだはこれっぽっちも動きそうになかった。それでも凍死してしまうから、とまだぬくもりを保っている獣の体に身を寄せて、暖を取る。兵長も寒いでしょう、と引き寄せようとした手が空をさまよって下に落ちたところまでは記憶が残っているし、朝起きた時に思ったことはこれが夢なら良かったのにって事だ。寒さで目が覚めて、獣の体の下から這い出してうんと伸びをして、まだ微妙に寝ぼけた頭で兵長の頬に触ってそれで眠気がすべて吹っ飛んだ。夢でもよかったのにとぐんにゃりした冷たい物体を確かめて、本当に死んでいるのかと服を剥いで、心臓に耳を寄せてからようやく納得できたような気がした。体中の力が抜けているからやけにふにゃふにゃしている冷たい体の上に頭をのせてぼんやり虚空を見つめると、胸につけたままの頬に鼓動が聞こえてきたような気がしたけどそれは幻聴だったのでこれ以上腐らないように洞穴のすこし手前の吹き溜まりを少し掘って埋めた。胸まで埋めて、あとは顔に雪をかけるだけだったのにどうしてもそれができなくて、結局雪が降って隠してくれるのにまかせることにした。

「・・・・あいつら、どうしたかな」

ミカサもアルミンも、調査兵団の他の皆も全員死んでしまった。
後に残ってるのはろくに役立たない憲兵団だけで、それでも逃げてきてしまった戦場の事がふと気になって、獣が貯めこんでいた枯れ葉や細い枝を集める手を止める。山頂はただただ風と雪が降るさらさらと言う音が聞こえるだけで、下なら聞こえるだろう物音は何も聞こえない。少し考えて、目を閉じて、それから頭を振ってまた手作業を再開する。ここに兵長がいるならもうそれでいいやと思った。ぱちぱちと枯れ葉や小枝を食い、大きくなっていく焚火の火が雪と風の音をかき消して、洞の中に響く。だんだんと温かくなり始めた場所のどこかで、水が滴り落ちる音が聞こえて、春になったら雪が全部とけてしまうかもなと思った。

「・・・・・春、か」

雪が溶けたら何になる。雪が溶けたら水になる、水にもなるけど春になる。春になったら、と思って外に埋めた彼の様子を見に行く。さらさらと降り続けている細やかな雪は兵長の顔全体をうっすらと覆っていて、冷たかろうとそれをどけるとまた元の兵長の顔が現れた。自分の手のひらの温度で顔につもっていた雪が解けて、丁度目尻のところから下に流れて行くのをみてまるで泣いているようだと思った。このひとが最後に泣いたのはいつだったんだろう。なめたらしょっぱいだろうかと思って唇を寄せて目尻の液体をなめとっても口の中に広がったのはただの水の味だった。

「春になったら」

きっと腐って、食われて、骨も髪も肉も皆あとかたもなくなってしまうのだ。雪がずっと溶けなければいい、と思ってまた顔に積もり始めた雪を払いのける。ごう、とひときわ強い風が吹いて、洞穴内を吹き抜ける。一瞬で温度が消えた場所で少し震えて、ふと後ろを振り向いて、薄暗がりのなかに何の光源も見えない事に口から白い息を吐いて、また前を向いてそっと、顔にほんの少し積もった雪を払いのける。寒さで凍えた指からは何の温度も感じ取れないけれど、それでも触れている指先だけはほんのり温かいような気がして少しだけ嬉しかった。



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