タイトルまま



どんどんと空で音がする。腹の底に響くような、重く低い重低音だ。わぁと人の声もする。喜ぶ声だ、歓声だ。時代が変わっても空に響く音は変わらぬが、人の声の意味は変わる。どんどんと低い音を立て、大きな砲筒から撃ちだされた火薬がぽんぽん爆発する戦場で聞こえた声は、助けてくれという悲鳴だけだった。

生まれてから一年が立ち、子供らしさが消えて少々固くなってきた毛並みを撫でながら空を見上げる。満開の光の花がぱあっと一瞬だけ輝いて、すぐに消える。火薬に化学反応で色を付けてそう見せていると聞いたときは、驚いたものだ。さすがに化学の基礎のようなものは自分が以前生きていた時代にもあったが、まさか火薬でこんな美しいものが作れるとは思わなかった。

「忠勝……花火はそうこわいものじゃねぇって」

尻尾をくるりと股の間にまるめ、自分の足にぴたりとくっついて離れない愛犬の、微妙にさかだった背中を軽く叩いて宥める。前世の忠臣の名前を与えられた柴犬は、それにくんくんと鼻を鳴らして答えた。どん、と花火が一発鳴るたびに体中をびくりと緊張させて怯えるのは、あの、響き渡る音と、光が恐ろしいものに見えるかららしい。

「まぁ、お前は間違っちゃいないが……」

あれは、昔はたいそうこわがられていた、とそのへたれた耳の傍で呟く。どんどんと鳴り響く花火の音の合間にわぁわぁと声が聞こえる。日の本は変わった。平和になった。一時は自らが治め、導いた、日の本。

「お前はどこにいるんだろうなぁ、忠勝」

自分を呼んだのか、と愛犬が首を傾げて鼻を鳴らす。お前じゃないよ、とまだその幼さを残す体を抱き上げる。そういえばこの犬は雷も嫌いなのだった。案外臆病なのだ。

「そんなんじゃあ、戦場では生き残れないな」

くすくすと笑って、腕の中で震える生き物を抱きしめる。耳の傍でくんくんと忠勝が鳴く。同じ名をつけたお前にも見せてやりたいと思った。ワシの忠勝。戦国最強の武人を。

「お前は怯えるかもしれないが」

それでも、きっとすぐに忠勝がやさしい奴だと気付くだろう。昔からあいつの周りには動物がたくさん集まってきていた。人の気配に敏感な小鳥が、あいつの鎧にとまって囀っていたりもした。三毛猫が、その膝の上で丸まって寝ていたりもした。

目を閉じて郷愁に浸る。懐かしい思い出だ。もう二度と体験できない、貴重な記憶。ああ、駄目だ。
その記憶を頭を振って振り払い、空を見上げる。折角の祭日に、こんな湿っぽい気持ちは似合わない。

「綺麗だな、忠勝」

どんどんと真っ黒な夜空に、綺麗な色をした火薬の花が咲く。姿形は同じでも、昔のことを覚えている者は誰一人としていなかった。だから、それに戦場の音を思い出すのは、この日の本ではきっと自分一人だけ。




/