炭鉱のカナリア


リハビリがてら。タイトルに意味はありません



幼いころ、土は物を食べてしまうのだと思っていた。埋めた五円玉がどこかにいってしまったから。

「なぁ、ちょっと。なにしてんの」

中学に入ってから土の中には微生物がいるのだと学び、それらが有機物を分解すると判明して幼いころの自分の着眼点は間違っていなかったことを知った。あの時は嬉しかったなぁ。そんなことに気がついた自分が、頭がいい人間になったように感じたもんで。まぁ、実際はそうじゃなかったわけだが。

「穴を掘っている」
「見ればわかるよ。そうじゃなくて、なんでおじさんは俺の家でそんなことをしてんのかって話なの」

さて、少し話は変わるが、俺の家の隣には少し変なおっさんが住んでいる。変、と言っても害があるわけじゃない。自分の庭に、犬よろしく様々なものを埋めるだけだ。それはコップだったり、食べものだったり、植物だったりするらしい。俺はその現場をみた事はないが、彼の庭にはいつも何かが埋められた痕跡があるし、うわさ好きのおばちゃんたちがそう話していたのできっと真実なのだろう。

「自分の庭でやってくれる?」
「いいじゃないか、沢山土があるんだ」
「良くないよ。おじさんは自分の家の庭に、何かを埋められてもいいってのか?」
「もちろんだ」

窓から身を乗り出した俺の問に答えながらも、隣のおっさんはがりがりと土を掘っている。栄養も何もないような乾いた土地。整備をしていないから、生えているのは雑草ばかり。いや、雑草なんて草はないんだったかな?誰かがそう言っていたのを、昔どこかで聞いた気がする。

「・・・なにを、埋めてんだ?」
「決まっていない」
「じゃあなんで掘る?」
「埋めるためだ」
「なんでものを埋めるんだ?」
「待っている」
「何を」
「何かを」

がりがり、がりがり。乾いた音をたてて、土が削れていく。深い穴があいていく。痩せた土地を掘り起こす彼の額には大粒の汗が浮かんでいて、スコップを持つ腕もぶるぶると震えているが、それでも俺の庭を掘り起こすのは止めなかった。俺もそれを止めなかった。おっさんと同じく、何かを待っていたのかもしれない。

「そういえばよ、おじさん」
「なんだ」
「土はものを食べるんだ。知ってたか?」
「・・・・・・・」

軽い気持ちで言ったその言葉を聞いて、彼はぴたりと動きを止めた。何かまずいことを言ってしまったのかと思ったが、そうじゃなかった。その話を続けてくれ、と一言だけつぶやいておっさんはまた俺の庭を掘り始めた。

「土の中には微生物がいるだろ?それが、」
「それじゃない」
「・・・は?」
「ものを食べる話だ」

おっさんがどうしてそういったのか。それを何故、とかどうして、とかは考えなかった。ただ、自分がもっと幼い子供の時に発見したことに興味を持った彼に対して、俺は意気揚々と話を始めた。土が物を食べる事をイコールで微生物に結び付けない人間を初めて見つけて、嬉しかったのかもしれない。

「俺が幼稚園生だった時のことなんだけどさ、その庭に五円玉を埋めたんだ。丁度おじさんが掘り返してるあたりに」
「ああ」
「なんで埋めたのかは覚えてねぇけど・・・次の日に探したんだよ。俺はしっかり土を均してなかったから埋めたところはすぐに分かった」
「ああ」
「でもな、五円玉は何処にもなかったんだ」

その時はまだ自分で買い物をする、なんてことはなかったからお金なんてちょっと鉄くさくて、それでいて皆同じ形をしてる丸いおもちゃ、ぐらいにしか考えてなかった。俺は特に五円玉と五十円玉が気に入っていて、ポケットの中ではつねにそいつらがちゃりちゃり音を立てていた。

「ちゃんと、掘り返したのか?」
「ああ、勿論。俺は五円玉と五十円玉が好きだったんだ」
「何故」
「穴があいてただろ。それが面白かった」

ほかはみんな穴が開いてなかったから、その硬貨だけが特別だと思ってた。でもそうじゃない。物を食べる土と一緒だ。本当は微生物が食べているのだ。

「今思うと、場所が違かったんだろうな。馬鹿な子供だったと思うよ」
「いいや、そんなことはない」
「お世辞はいいよ」
「硬貨は有機物ではない。微生物は無機物を食べない」

けらけら笑う俺に、大真面目にそんなことを言うおっさんを見て俺は笑いをひっこめた。本気で土が物を食べると信じているような顔つきで、おっさんは俺のことをじっと見ていた。

「そりゃ、そうだけどよ。だから場所が違うんだって」
「君の家族は、庭を整える事をしない」
「まぁ、雑草しかはえてねぇもんな」
「雑草と言う草はない」
「・・・・ああ、うん。言葉の綾だ」

本当にこんなことを言う奴がいたんだ、と頭の中で感心しながら俺は次の言葉を待つ。おっさんは暫く口をもごもごさせた後、自分が掘り返したばかりの穴に目線を落とした。それにつられて、俺も穴を覗く。深い穴だ、日の光が当たらない部分は夜のようにまっ黒くって、それが俺には地のそこにつながっているように見えた。

「土を耕すこともないから、君がこの庭に五円玉を埋めたと言うならば、目印は一カ所しかない」
「均してなかった場所?」
「そうだ。しかしそれは発見されなかった。土が君の五円玉を食べたからだ」
「一日で?そんなのあり得ねえよ」
「実際、それが起きている。夢のようだが真実だ」

こっちにきてくれ、とおっさんが俺を手招く。穴の中を覗いてごらんと言うのだ。そこからじゃ、中が見えないだろうと。

「・・・ちょっと、待ってて」
「ああ」

どたばたと玄関に向かい、靴を履いて家から飛び出す。おっさんが土を掘り返していた場所は、丁度玄関から反対側だった。少し息を切らして裏に回ると、彼は先ほどとまったく同じところに立っていた。

「ほら、これを見て」
「・・・・ん」

直立不動のまま、おっさんが穴の中を指さす。なんとなく彼の視線のさきをちらりと見てから、俺は中を覗き込むために身をかがめた。

「やっと見つけたんだ」
「・・・なぁ、なんにもねーんだけど」
「君には見えないだろう。私には見える」
「・・・おっさん、なに言ってんの?」
「君は五円玉を無くしたらしいな。私は妻を無くした。彼女は庭で、大きく口をあけた土に呑み込まれた」
「話が、見えないんだけど」
「庭に物を埋めていたのは、彼女に届くのではないかと思ったからだ」

彼は俺の話を聞いていない。ぼんやりと虚空を見つめている。自分の腕にざわざわと鳥肌が立ったのがわかった。無意識に後ろに一歩下がった足の裏で、細やかな砂がじゃり、と耳触りな音をならした。

「カナリアくん。頼んだよ」
「・・・っ!離せよっ!」
「駄目だ、これは君にしか頼めない。私は歳をとりすぎた」
「俺はカナリアなんて名前じゃねぇし、お前の頼みごとも聞かない!」
「同じ考えをもつ同士じゃないか、土は物を食べるんだ」
「微生物が食うんだよ!!」

独白のあまりの異様さに逃げようとしたところで、ぐいと腕を掴まれる。初老にあるまじき力で手首をひねられ、その鋭い痛みに小さく悲鳴を漏らした。

「君と僕との仲だろう」
「っ、ぐッ」

何を、と言おうとした所で首に回る腕。思いっきり喉を絞められて、急に意識がかすむ。視界がにじむ。耳が遠くなる。酸素を求めて喘いだが、ぎゅうときつくしまった気管にはまったく空気が入ってこなかった。頭ががんがん痛みはじめてこれ以上は危険だと警鐘を鳴らす。

「カナリアくん、頼んだよ。僕に結果を教えておくれ」

意識を失う寸前に聞いたのは、そんなふざけた言葉だった。

 

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