2016/11/12 20:52

エミリアがうたたねをするスバルを見つけたのはほんの偶然だった。日当たりのよいロズワール邸の一室、彼はそこで掃除をしていたのだろうか。手に握りしめた雑巾は少しだけ埃に汚れていた。いつもの不思議な服とは違い、執事服に身を包んだスバルの口元からはすうすうと穏やかな寝息が聞こえる。

「珍しいわね、スバルがうたたねなんて・・・・」

とっても貴重なものを見た気がして、エミリアはスバルを起こさないようにこっそりとそこに近づいた。柔らかなソファに身を預けて寝ている彼の寝顔を見るのは久しぶりだった。もちろん、怪我をしたスバルの寝顔を見たことは何度もある。ただ、こうしてその身にいくらの傷を負うこともなく、安らかに寝ている姿を見た記憶は少ない。

「ふふ。こうしてみると、スバルって結構幼いのよね」

いつも上にあげている前髪がわずかに落ちている。好奇心に駆られて、ちょいちょいと指でスバルの前髪をすべて額に落としてみる。すると、目を瞑っているからということもあるだろうが、いつもと全く違う雰囲気の人間に感じるから不思議だ。たしかスバルの年齢は17と少しだ。自分の肉体年齢よりも1歳幼い、と考えるだけでもなんだかその顔が子供のように見えて、エミリアは思わず微笑んだ。

「・・・・う、うぅ・・・」
「スバル?」

うめき声をあげたスバルにもしや起こしてしまっただろうか、とその顔を伺う。すこし険しくなったスバルの表情は、まるでうなされているかのようだ。びくりと痙攣して、スバルの手が握っていた雑巾を取り落とした。その手が胸を掻き毟るように抑えたのを見て、本当にうなされているのだとわかった。寄せられた眉と、鼻の頭に浮いた脂汗が、彼の見る夢が決して良くないものだということを表していた。

「スバル、スバル」
「がっ、うぁ、・・・ぁ、」

慌てて心臓を抑える手を片手で握る。ゆるゆると首を振って何かを嫌がっていたスバルの表情が、かすかに和らいだのを見て、次は両手で。夢から起こしてはかわいそうだ。きっとこんな姿を見られたと知ったらスバルもいい気分にはならないだろう。そしてエミリアの前で強がるのだ。そんな姿は見たくない。だから彼が落ち着くまで、と必死に手を握る。

「・・・・どんな夢を、見ているのかしら」

それから少しして、スバルが落ち着き始めてからエミリアはぽつりとそうつぶやいた。あまりにも酷そうな寝姿に、そしてよく見ると目の下に微かに浮いている隈に、彼が悪夢を見るのはこれが初めてではないことを悟る。こんな少年が何に苦しんでいるのだろう、何が彼を苛むのだろう。なんやかんやと理由をつけて、自分を褒めて、肯定して、そばにいてくれる少年のために、エミリアにできることが少しでもあればいい。

「お願いだから、これからは良い夢を見てね。スバル」

むかしむかしの遠い昔、母親代わりだった女性のしてくれたおまじないがある。怖い夢を見たエミリアにやさしくしてくれたことがある。あの時の叔母もこのような気持ちだったのだろうかと思いながら、そう願いを込めて、幼なさを残す頬にそっと触れるだけのキスをした。