2016/10/19 20:45

それから男は外で待機している護衛に何かを話しに行った。スバルはそこで待っていてくれと言われたので遠慮なく全裸のままベッドでごろごろした。多少体液で湿っている部分もあるが、それを無しにしたってこの部屋のベッドは質がいい。枕だってふかふかだ。

「こういう部屋に住めたら最高だよな……永住したいぜ」

スバルに割り振られた部屋はここを20倍狭くしてベッドの質を20倍悪くしたような場所だ。それでも寝床があるだけマシと言ってもいい。久しぶりの開放感に端から端まで転がっていると、いつの間にか男が帰ってきていた。手に持っている紙袋は…匂いからしてパンだろうか。それから何かの飲み物。焼きたてなのだろうパンの匂いを嗅いだらお腹がきゅうと鳴って、スバルは思わず自分の腹を抑えた。

「その様子を見ると空腹なようだね。無駄にならずに済んでよかった」
「えっ、くれるんですか?」
「もちろん、そのために頼んだようなものだ」

上半身を起こして、差し出されたパンと飲み物をありがたく受け取る。紙袋に包まれたそれの匂いを嗅ぐと幸せな気持ちになった。焼きたてのパンなんて、食べるのは随分と久しぶりだ。
「ルグニカでも人気のパン屋の商品だ。この娼館の近くに店がある」
「ふえっ、そんらんぜんぜんしらんかった」
「落ち着いて食べてくれないか。君を見ているとなんだか喉に詰まらせそうで心配だ」

紙袋の中から出てきたのはサンドイッチだった。ハムとレタスっぽい野菜と、マスタードが挟まれている。かぶりつくとパリッと焼かれた耳の部分としゃくしゃくしたレタス、スモークされているのか香りが良いハムの味が口の中で天国の一部を見せてくれた。マヨラーなスバルとしてはここにマヨネーズが入っていないことがすこしばかり惜しいが、そんなことは些細なことだと思ってしまうぐらいにはそのサンドイッチは美味かった。男に母親のような心配をされながらあっという間にそれを食べきる。もらった飲み物は何かの果汁をしぼったものだった。甘酸っぱいそれが喘いでからからになった喉を癒してくれるのがわかる。

「し、染みわたる・・・・」
「それはよかった」

ベッドのスプリングが二人分の体重を受けてギシと軋む。隣に男が座って、スバルと同じように飲み物を飲んだ。男が飲み物を飲み終わったのを見計らって、かすかにこぼれたパン屑をベッドの下へと払い落としてから、こそ、とその耳にささやき声を落とし込む。先ほど聞いて、少し疑問に思ったことだ。

「・・・・・なぁ、この娼館ぶっ壊すって言ってたけど、娼婦とか男娼、殺さないよな?」
「・・・・もちろんだとも。私たちが捕らえるのはここの主人だけだよ」
「そか、よかった。あいつらただ働いてるだけだからさ」

それを聞いて安心した、とばかりにスバルはベッドに寝っ転がった。腹も満たされたし、水分も取ったし、この客は結構スバルを自由にしてくれるっぽいし、さっき致したばかりだしもうすることはない。そんならあとは寝るだけ、とばかりに体を丸める。キングサイズなのだ、スバルがどこに寝たって男が寝る場所を邪魔することはない。

「おっと、寝る前に服を」
「いやだよそれ、女の子の下着だぜ・・・息子の収まりが悪いんだよ・・・」

床から下着を拾い上げた男が、スバルの言葉を聞いて確かに、とうなずいた。共感してくれるということは着たこと、あるのだろうか。この優男が、女の下着。なんだかんだで似合ってしまいそうだ。それがすこし面白くてスバルはくすくす笑った。

「まぁいいだろう。今は、寝て体力を回復してくれるとこちらも助かる」
「・・・・うぃ、了解っす」
「決行は、夜を予定している。いいね」
「・・・・あい、よるに、はじめる、わかった・・・」

男がスバルの髪を撫でた。とたんに不思議と強くなった睡魔に疑問を感じながらも素直にその欲求に従う。まどろみながらささやかれた言葉を口の中で反芻して、そのままスバルはゆっくりと眠りについた。



久しぶりに質の良い睡眠を取ったスバルの機嫌は上々だった。しかし途中で起こされてセックスの真似事のようなことを再度された時には唸った記憶がある。どうにかこうにか宥めすかされて確か一回は出した気がする。てかまた素股された。男がスバルの頭に触れるとなぜかすとんと眠くなって寝てしまうので、体力自体は回復しているが・・・・。

「あんま覚えてないけど、もっかいする意味ありました?」
「せっかく一日を買ったというのに、君を堪能せずに不審に思われて計画が露見してはまずい。こちらの都合で振り回して悪いとは思っているよ」
「あ、別に。ただ、めんどくさいだろ、男とするの」
「・・・いや?特には」
「え、そう?そんならいいんすけど」

ねっとり舌を絡めながらひそひそとそんな会話をする。別にスバルだってもうファーストどころかセカンドやサードまでどっかの男に捧げてるわけで、そんで優男も特に嫌がらなかったので、一々手で隠してキスをしているふりをするのはやめたのだ。しかしやべぇこいつキスもうまい。どこからばれたのか、上あごのところをべろりと舐められてくんくん鼻声が漏れた。まさかとは思うが一回のフェラだけでスバルの弱点は把握されたのではないだろうか。

「・・・・君、何か薬を盛られているのでは?会った時から思っていたが反応が良すぎる」
「いやあんたの技術がすごいだけですからね!?俺いつもはマグロだよマグロ」
「まぐろ・・・?それはなんだ?」
「まな板の上のさかな」
「ああ・・・」

食べられるのを待つメインディッシュか、とかキザなことを言いながら舌を吸われた。畜生、気持ちいい。何もかもが上手い。やっぱり娼館に頻繁にくる奴とこない奴では差があるんだ。彼女がいるけどちょっとつまみ食いでソープにいくのと彼女がいないからソープに通い詰めるのとでは訳が違うんだ。そんな格差社会を身で持って感じ取ってしまい、思わずスバルの喉からは唸り声が出た。

「、どうした?」
「いやなんでもねっす・・・」

不思議そうにこちらを見つめてくる男に思わず目をそらした。童貞非処女のスバルと違って非童貞処女なんだろうなぁ。そんなところに妙な悲しさを覚えながらちらりと窓の外を見る。燃えるように赤い空をガラスのそとに認めて、もうそんな時間なのだなと思った。いつものスバルならここら辺でエレノアに泣きついている。2,3人の客を取りおわるのが、だいたい今頃の時間だ。

「・・・・・・、」

今日はやけに心も体も安らいでいる。相手をしたのが一人だけだということも、それから体内に性器を受け入れていないのも、美味しい昼飯をとったことも、ゆっくりと睡眠をとれたことも、その全てがなんだかスバルを癒してくれている。まだまだ現状自体は地球にいたころのスバルと比べれば非日常だが、それでもいつもとは全く違う一日だった。

「・・・・あれ、」

ぽろ、と目からあふれたそれが何なのか一瞬スバルには理解できなかった。あれ、いやだな、といいながら必死に目を擦ってもそれはなぜかぽろぽろ出てくる。泣くつもりなんてなかったのに、と困惑しながら男を見ると痛々しそうな目をしていたので、どうやらスバルは相当ひどい表情をしていたらしい。

「こ、これは心の搾り汁が」
「・・・・・・」
「ちょっと目から実体化しちゃっただけなんで、その、あんまり見ないで・・・」

やばい、やばい、処女でもないのに最中に泣く男娼がいるか。完全に怪しまれる。そう思って必死に顔を隠そうとした。その手を男に取られて、ひぐ、としゃくりあげそうになった声が全部男の唇に飲まれる。

「・・・・ふ、ぅ、」

啄むような軽いキスで漏れそうになった泣き声を全てどうにかしてくれて男はスバルをぎゅっと抱き締めてくれた。あと少しの辛抱だから、と苦しそうに囁かれた声が、どうにも耳に残った。




腫れた瞼は男が直してくれた。なんということだ。性格がいい、顔が良い、セックスが上手い、ちんぽがでかいと来てなんと魔法が使えるときた。俺が女だったら絶対逃がさねぇな・・・と思いながら瞼に触れられる指を受け入れる。すこし冷たく感じるのはヒール的な魔法が水魔法だからだ。エレノアにされる治療の時にも、ちょっとだけひんやりする。つまりいつもの感触だ。

「・・・・あんがと」
「なに、些細なことさ」

礼を言うと微笑まれた。ああこれは落ちる。女の子だったら100%落ちてた。残念ながらスバルは男の子なので落ちはしないが代わりに好感度があがった。俺の心の好感度バロメーターがぎゅんぎゅん上がっていくのを感じる……そんなことを思いながらスバルは息をついた。

「最近、泣いてばかりだ。俺、弱くなってるのかな」
「……そんなことはない。スバル、君は消耗しているんだよ。こんな場所にいては、仕方のないことだ」
「うん、…そうだなぁ、多分きっと、それもある。あんた今までとってきた客の中で一番優しいし」

久しぶりに幸せだった。満たされていた。客をとって、部屋に戻って、22番、と呼ばれることがないのがこんなにも安心することだとは思わなかった。休みの日でも、明日が来るのが怖かった。そこまで考えて、違うなと首を振った。幸せだと、そう思うのはこの娼館で迎えるはずの明日が今日で終わるからだ。

「帰りたいなぁ……」
「……君の、故郷はどこなんだ?」
「故郷?俺の故郷は、多分、もう帰れないとこにある」
「それは……」
「なんて言ったらいいのかよくわからないけど、多分帰れない。それにこんな体になっちまったし、親に合わせる顔がないっつーかなんつーか」

異世界に行って風俗で働いてました!風俗から始まる異世界生活!しかもウリ専です!なんて言えるはずがなかった。あんたたちの息子は男にちんぽ突っ込まれてあへあへ喘いでました、とカミングアウトするようなもんだ。へへ、と笑うと肩を掴まれた。いつになく真剣な瞳がスバルを見つめる。

「そんなことはない」
「え……」
「そんなことはない、スバル、ご両親を見つけたら、必ず顔を見せるんだ。子供がいなくなったんだ、とても心配している」
「……うん」
「故郷に帰る道を見つけるために、私も協力しよう……微力ながら、傭兵のユーリが、君の力になると誓う」
「え、あんた傭兵なの」
「いや、偽名な上に傭兵でもない」
「なんなの?!」
「ここで本当の名前を呼ばれるわけには行かなくてね、すまない」
「あ、いや、謝らなくていいです。えと、ユーリさん」

元々男は上流階級の匂いしかしなかった。傭兵、と言われて驚くとやはり違って、しかも名乗ってくれた名前は偽名で、こりゃかなり上位の奴が出てきたぞ、とスバルは思った。多分腕も相当立つだろう。警察の階級事情は知らないが、警部とかそういう感じのちょっとカッコイイ役職名がつく立ち位置にいそうだ。

「ユーリ、と。呼び捨てでかまわないよ……そろそろだ」

ユーリがスバルの腕に触れる。それを合図に下着は履かなかったが上着は身にまとった。まぁほぼシースルーなんだけど、着てないよりはマシだろうと二人で判断したのだ。

「合図が、来るはずだ。私は中から撹乱、仲間は外から攻める。君も共に」
「エレノアさんは?」
「彼はもう逃げ出してるよ。元々非戦闘員だからね。外で待機だ」

懐からユーリが一本の棒を取り出した。何をするのかと思えばそれが彼の掌の中で瞬く間に一本の刃となった。驚きに思わず目を丸くしたスバルにユーリが笑う。

「さぁ、いこう。ここから出るぞ、スバル」
「・・・・おう!」

ここからはきっと楽しい未来が待っている。もうそろそろ、明日に怯えなくて済む今日がやってくる。そう思うと、何も怖くないような気がした。


「いまから、道を作る。少し待っていてくれ」
「わかった」

こぶしを握ったスバルに頷いて、ユーリがひゅ、と剣を振るう。ちかちかと淡い光が瞬いて県が虹色に光るのをスバルはかすかに見た気がした。見た気がした、というのはこれまた瞬きの間に外へつながる扉が吹っ飛んでいたからだ。

「え、なに」
「スバル、急いで」

スバルが知る限りでは剣であんなことはできない。しかも遠く離れたところから扉をぶっ壊したのだ。なんだこれは、と思いながら腕を引かれて外に出る。爆風に吹き飛ばされたのか、2人の護衛が床で呻いている。破片かなにかがかすったのだろう、片方の腕はぐしゃぐしゃになって、原型をとどめていない。

「ひっ、」

思わず悲鳴が口から洩れそうになる。比較的体が無事な方の護衛を男が手に持った剣でためらいもなく殺したのも怖かった。何故殺したのか、きっと障害にならないようにするためだ。頭では理解出来ていても心がそれを恐怖する。名も知らぬ護衛の、無残にこと切れた表情、血が滴る傷口から見える黄色いものは皮下脂肪だろうか。腕がつぶされたほうはうめき声をあげている。すでに青くはれ上がった皮膚と、関節のあたりから肉を突き破って外にでているのは、きっと、折れた骨だ。

「スバル、スバル」

気づけば廊下に座り込んでいた。肩をがくがくと強めに揺らされて我に返る。スバルがそうしている間に、男の体には傷がいくつか出来ていた。恐る恐る周りを見渡すとまた別の護衛らしき人間が何人かこと切れていた。腹の中からこぼれている臓器に、胃がひっくり返るような気持になった。貰ったパンとジュースが全部出そうだ。気合で耐えたが、胃の付近がひどく重い。

「すまない、君が聡いものだから、配慮をしていなかった・・・立てるか?」
「あ、ああ。ごめんなさい、足手まといだよ、俺」
「そんなことは気にしなくていい。気にするな。さぁスバル」

行くぞ、と言われて震える足を叱咤しながら立ちあがる。娼館の中はいつもと一転して悲鳴と怒鳴るような叫び声と、血臭に塗れている。近くの部屋から客とともに出てきた娼婦が廊下の惨状を見て腰を抜かしているのが見えた。

「我らはルグニカ聖騎士団だっ!命が惜しければ外へ逃げろっ!!」

奥からこちらへ駆け寄ってくるのを認めて、男が彼らに向かって声を張り上げた。