2016/10/15 02:19

スバライ。ホモむずかしいね!?



ラインハルト・ヴァン・アストレアには苦手なことがひとつある。苦手、というよりはよくわからないことだ。人を好きになること、キスをしたいと思うこと、その先に行きたいこと、つまりは生物としての欲望。それは自分が強すぎるからかもしれない、それとも元からそういった心の持ち主だったのかもしれない。とにかくそれがラインハルトには、何故か胸の中にあまり沸かない欲だった。

「した、だしてみ」
「……ン、」

ぬる、と他人の舌が歯列をなぞる。妙な感覚だった。ちょいちょい、と誘うように突かれて差し出した舌をぢゅ、と吸われて思わず鼻にかかった声が出た。半分閉じた目が近くにある。髪と同様に黒い睫毛をみて、自分の睫毛も赤いのかな、とそんなどうでもいいことを思った。





ラインハルトにはナツキスバルという友人がいる。こちらが一方的にそう思っているだけの可能性はあるが、なんだかんだで頼ってくれるし、話もしてくれるし、それに自分の足りないところを補う、だなんてこともいってくれたっけ。ラインハルトの周りにそんなことを言う人間はいなかった。いなかったし、スバルは周りの誰よりも弱かった。しかしラインハルトの足りない部分を補うと、そう言ってくれた。

補うとはなんだろう。どこまで補ってくれるのだろう。気づくと目で追っているその後ろ姿。ルグニカでは珍しい黒髪を上げているのは幼さを隠すためだろうか。はじめに出会った時よりも筋肉がついたように思う。しかしその分傷跡は増えている。プリステラにてロテン風呂に入った際に見た彼の体は傷で覆われていた。ないところを見つけるほうが難しいぐらいだった。とても痛々しかった。しかし、目を離せなかった。

補うとはなんだろう。どこまで補ってくれるのだろう。スバルに「なんだか君の姿を目で追ってしまうんだ」と相談してみると少し顔を赤くして、天然って怖い、とつぶやきながらじゃあキスでもいっちょしてその気持ちを確かめてみよう、という話に売り言葉に買い言葉を重ねて何故かなったのだ。もちろんラインハルトは経験もなければ知識もないので、男二人で向き合ってただ唇を合わせていることにじれたスバルが主導権を握ることとなった。

ちゅく、と濡れた水音と共にようやく唇が離れた。間にかかった銀の糸がぷつ、と途切れたのを目で追ってからスバルの顔を見る。なんだかむくれたような顔をしていた。僅かに赤くなった唇がつやつやと濡れていて、すこしばかり恥ずかしい気持ちになった。

「あのさぁ、最中にガン見されると恥ずかしいっていうかなんつーか……目をつむるっていう情緒はないんか?」
「なにせ初めての事だったからね。好奇心が勝ってしまった。大目に見てくれると助かるよ」
「えっ?!はっ!?」
「そこまで驚かなくても」
「いやいやいや俺にとっては結構一大事件だけど!まさかそんな奇跡の造形しててキスの一つもしたことないとは思わないじゃん!?」

剣聖様のファーストキス俺が奪っちゃったってことか?これなんか後でそれなりの筋に恨まれないか?などと頭を抱えながらぐうぐう呻いているスバルのつむじを眺める。かわいらしいな、と思ってそのあととくんと音を立てた心臓におもわず胸を押さえた。

補うとはなんだろう。どこまで補ってくれるのだろうか。

産まれて始めて沸いてくる感情に驚きながら目の前の友人を見る。犯罪を起こしてしまった気がする!とよくわからないことで悩んでいるその濡れた唇をみて、もっとさっきのようなキスがしたいと思って、どんどん早くなる胸の鼓動を体の中から聞きながらスバルの不思議な服の裾をつかんで、「もう一度したい」と子供のように願った。