2015/08/14
ぬる、と足が滑った。

雨も降っていないのに地面が酷くぬかるんでいる。痛むからだをどうにかこうにか動かして、黒い地面を歩く。秋だというのに虫の声すら聞こえない。三日月の光は弱く、闇に慣れた眼でも地面はぼんやりとしか見えない。血を失い、かすんだ視界ではなおさらだ。

「兄貴・・・」

酷く喉が渇いていた。煙にいぶされ、喉からは掠れた声しか出ない。素足が何かやわらかいものを踏んだ。ぐんにゃりとした冷たい物のなかに、一本固いものが通っている。思い当たるものはあるが、足をとめてどうにかする気力すらなかった。脳裏にあるのはただ、伝えなければ。ただそれだけ。

「あに、き、くろだ、のや、ろ、で、」

左腕はもう使い物にならない。関節の部分で折れて、逆に曲がっている。右腕はもうどうしようもない。鉄球に潰されて、雑巾のようになった肉の塊が、肩にくっついて歩くたびに揺れる。体中が熱くてたまらなかった。ぜい、と喘ぐような息が漏れる。

地面が酷く湿りを帯びている。ぱしゃ、と水のような音が聞こえた。冷たく、やわらかな触感が足全体を包んでいる。どこを歩んでいるのだろう、と周りを見渡しても分からない。死体の山を踏んで歩いているのだろうか、足が沈んでいく。

「ぁ、に、き」

くろだのやろうです、とくがわのはたはちがうんです。いえやすはうらぎってなんかいませんや。
足がどんどんと冷たい何かに沈んでいく。早く戻ってきてください、と声を限りに叫んで、膝をついた。ばしゃ、と水音が聞こえた。血の川が出来るほどに、皆殺されたのだろうか。落ちそうになる瞼を必死でこじ開けても、もはや月灯りすら感じ取れない。真っ暗な闇が広がっている。

「あ、」

上半身が崩れ落ちて、頭が地についた。何かがのど奥に流れ込んでくる。熱を持ったそこを冷やして、滑り落ちて行く。がぼ、と息を吐いた。何も吸えずに、飲み込むだけで急激に意識が暗がりへと落ちて行く。苦しいのか違うのかそれもわからぬまま、もはや抵抗も出来ずに、全てが