2015/08/14
可愛そうな小さな手がある。炎を使うせいでいつも火傷ばかりしている。爪の先から二の腕まで、やけどをしなかった箇所は恐らく一つもない。それでも最初よりはいくらか上達はしているのだ。前髪をすっかり焦げさせて、熱い空気を思いっきり吸ってしまったせいで喉も鼻も焼いて、そこが膿んで腫れて、ずっと声が出せなかった時よりは。

「どうですか弁丸様、ばさらの調子はいかがでしょう」
「・・・・みればわかるだろう」

井戸水を満たした盥に両手をつけて、幼い額に眉を寄せていたのでそこをほぐしてやる。むくれたように曲げていた唇に猿梨をくっつけるとうっすらとと口が開いたのでそこに甘く熟れたのを二つ、ねじ込んでやる。鳥も獣もわざわざ除けて、丁度よさげなのをとってきたからさぞかし美味いことだろう。むぐ、とほほが動いて、周りの空気をちりちりと焼いていた怒気がだんだんと収まってくるのが目に見えて分かった。

「・・・・中々、上手くいかない」

二つの猿梨を食べ終わったのか、ぱかとひな鳥のように開いた口にまた2つほど放り込むと、口をもぐもぐとさせながら聞き取りづらい声でそんなことをいった。片手で残り4つほどの果実を転がしながら、盥に浸されている両手を見る。ゆらゆらと揺らめくつめたそうな水の中でもわかるほど、赤く腫れあがった両手。

「俺は駄目だ」
「そうですかね」
「この手を見ろ。そうにきまっているだろう」

未熟者の手だ、と外気に晒された手を眺める。あちこちにある皮膚がひきつった火傷痕の上にまた水ぶくれが出来ている。人差し指と親指の間に大きいのがひとつ、中指の真ん中にひとつ、小指のしたらへんにふたつ、手首にひとつ。上から下まで眺めても二の腕にはもう火傷は出来ていない。

「だんだん傷も減ってきてる。上出来じゃないですか、何が未熟なんです?」
「兄上も父上も、こんな怪我などしておらぬではないか。手に、やけどの痕など殆どない」

俺の手はこんななのに、と俯いた子供の手を取って盥に戻す。熱を持ち、いつもよりも一回りほど腫れた肌が痛々しい。腫れが収まるまでは暫く訓練は出来ず、物を持つことも難しいだろう。

「弁丸様、傷ってのは治るもんです」
「・・・うむ」
「今度お父上と兄上様に聞いてみるといいですよ。自分が未熟でないことがわかるでしょう」

父親のほうは知らないが、幼かった兄上殿の手は目の前の子どもと似たような手をしていた。口に最後の猿梨を押しこんでやりながらそう言うと、まだ少し俯いたままの頭が微かに縦に揺れた。