やってしまった。
無理に立たせようとしたが立てるはずもなく、しどけない姿で座り込むのがやっとのようだ。そんな土方が俺を見る。
ドッキリってなんだ。こんなドッキリはしねえよ。六股が可愛く見えるほどのことを、俺はお前にしたってのに。
したかったことは確かだ。土方を抱きたいと、土方への恋情に気づいてからは俺はずっと思っていた。同時に決して実現はしないとも思っていた。たとえあの時土方が俺を受け入れて、男の恋人を良しとしてくれても、セックスはないと思っていた。
「ひとつもドッキリじゃねえよ。認めろテメーの現状をよ」
なるべく冷たく、目を逸らさないように、口調もきつく言ったつもりだったが土方は引き下がらない。
「どこまでは本当だったのか言え。俺に惚れてるってのは?」
「……もう忘れた」
「あん時の会話くらい覚えてンだろうが。嘘だったのか」
「忘れたっつってんの」
「その後は俺を眼中にも入れなかった。なんでだ」
「おめーと仲良くする道理がねえからな」
「仲良くじゃねえ。ツラさえ合わさず気配もありゃしねえ。どこに消え失せた」
「関係ねえこった」
「さっき言ってたのは……本当か」
「?」
「俺を忘れようとしたって言わなかったか」
頭が冷えていくにつれ、前後のいきさつなんかも思い出して、そういえば言っちまったな、なんて後悔する。
「忘れようとして、いい塩梅に忘れたんだよ。だからもう近寄んな」
「なら俺に惚れてたのは本当……」
「もうどうだったか忘れた。ただヤりたかっただけじゃねーの俺」
「……」
「俺、女にゃだらしねえし」
「それは、俺の」
「お前の話はもういいんだよ」
土方は言葉を吐きかけた口をそのまま止めた。俺を見てるし口も半開きだけど、見ないことにした。そして土方を無理に立たせる作業に熱を入れる。脚はふらついてるけど、何とか立てるみたいだ。
「出てけ」
泣きそうだ。なんでだ。そんな権利が俺にあるはずないのに。早く出てってくんねえと泣きそうだ。だから余計に顔を顰めて、力を入れてやり過ごす。
土方はその顔を見ておそらく誤解したに違いない。俺が怒ってるとか、不機嫌だとか、そんな方向で。そして、そっと視線を外して目を伏せた。
鍵を開き顎で外を示すと、土方は後手にカラカラと扉を開いた。
そして――きっぱり振り返って出て行った。
涙も出ねえよ土方。
謝って済む訳もない。
――二度と会えない
「出てけ」
アイツはそう言って、顔を顰めた。
その前までは俺を摘まみ出すためとはいえ、腕を引いたり腰を支えたり、触れることを拒絶はしなかったのに。もう視界に入れたくないとばかりに顔を背けて、扉を顎で指した。出てけ、と。
足腰はふらつくし拓かれた箇所が痛む。だが、同情はいらねえしきっとコイツは同情なんぞしないだろう。
落とした刀を掴んで、アホの視線をもう一度捉えようと努めたが、無駄だった。
もう諦めよう。
扉を開けて、外に出た。振り返らなかった――あの冷たく歪んだ顔を見たくなかったから。
どういうことだ、俺はなぜ泣きそうなんだ。
もちろん身体は辛い。痛かったし、正直恐ろしかった。今まで体験したことのない類いの恐怖だった。内部から崩される、防ぎようのない攻撃が恐ろしくてあろうことか敵に温情を乞うた。
ああ違う、あの男なら文句を言えば止めるだろうと高を括っていたのだ。
それが通用しないとわかったときの、混乱。苛立ち。恐怖……そんなものが入り混じって、泣き喚いた。自分がどうなるかわからなくて恐ろしかった。あの男が楔を俺の中から抜き去ったとき、終わった、とホッとした。これで男と話ができると思った。こんな行動の理由がわかると思った。ドッキリを仕掛けた理由とか。
けれどあいつは全てを否定して、ドッキリでもないし俺に惚れたかどうかも忘れたと言った。
そんならそれでいいじゃねえか。かなり酷い目に遭ったが女じゃあるめえし、妊娠する訳でもなければ嫁にいけなくなる訳でもない。あんな野郎との胸糞悪ィ出来事はぜんぶ忘れて、明日から何にも気にしないでこれまで通りに……
やっと屯所に辿り着いて風呂に直行した。太腿を伝って濁った半液体が流れ出ていた。洗っても洗っても、中に残っている気がする。
――ただヤりたかっただけじゃねーの俺
泣くようなことじゃない。こんなの泣くほうがおかしい。悲しいことなんぞひとつもない。
早く風呂上がって寝て、明日からはいつも通りだ。
いつも通り、だ。
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