「土方さん、もしかして振られやした?」

 万事屋に拒絶されてかれこれ一か月、ある日総悟が突然言い出した。

「は!? 俺が? 誰に!」
「そんなの知らねーし興味もねえや。けどアンタが振られたってのァ最高にざまぁな展開なんで、確認でさ」
「んな確認要らんわ! ヒトの不幸を笑うな! そして俺は振られたことがねえ」
「うわぁヤなヤローでィ」

 まともな恋愛したことないテメェに言われたくねえよ。隷属しかさせられないくせに。ドSのくせに。そして俺が振られたことないのは本当のことだ。

(あー、俺もマトモな恋愛したとは言い難いな)

 ま、まあ、一個もしたことねえ総悟よりはマシだな、うん。
 などと内心で勝利を確信していると、この悪魔の申し子は緩々と首を振りながら呆れて見せるのだ。

「アイタタタ、じゃあ振られたことに気づいてねえんでさぁきっと」

 イタタタタタ、痛いよ痛いよーと棒読みしやがって一体なんだってんだ。何が気に入らねえんだ今度は。

「でもまあ、振られたってこたァ次の恋愛に目ェ向けたってことですからね。褒めてあげまさァ」
「……」
「違うんで?」
「……次、か」

 危うく坂田に言い寄られるところだったのは認めよう。あれは未遂とカウントしていいだろう。奴も思い出したくないだろうし。
 奴が俺を忘れようとしていると思うとなんだか腹立たしいが、それは我儘というものだ。それくらいわかる。
 わかるけれど、腹立たしい。

 俺が答えないでいると総悟は想像を逞しくしたようで、あの芸妓はどうしたとかこないだの芸者は持ち帰ったのかとか、お前はなんで俺の身辺調査してんだしかも詳しすぎるだろぜってー山崎巻き込んでるだろ、みたいなことをペラペラ喋り倒して参った。そこら中の一般市民が聞いてるだろうが。やめろください。お願いします。

 もうホントこいつと見廻りすんのヤダ。当分別の奴と組ませよう。少々サボるのは大目に見よう俺の神経が保たない。というわけでその日、総悟の思う壺と知りつつ俺は総悟を撒いて一人見廻りを続けることにした。
 総悟がいないなら服装の乱れがうんたらと説教する必要もない。自分もキツキツに守る必要もない。上着を脱ぎスカーフを取って、ワイシャツのボタンをいくつか外してみた。それだけで少し涼しくなった気がする。総悟はいないし、俺だってたまには茶屋で一服してもいいはずだ。
 多少涼しい格好で冷茶を飲むと、体は蘇ったけれど気持ちは浮かなかった。

 振られた訳じゃない。俺が断ったんだ。なぜ。

 ――だってお前、男じゃん



 それがすべてだ、坂田。どうひっくり返ったってそこが変わらない限り、俺とお前の恋愛関係などあり得ない。だから俺の拒否は間違ってない。
 なのになぜか、奴からの拒絶には苛立つ。顔を合わせればまた厄介なことになると、分かりきっているのに。それこそ総悟の言葉を借りれば俺が『振られた』ような格好だ。おかしい。俺が切り捨ててやったのにこれはおかしい。

 暑い。とにかく暑い。もう少ししたら見廻りに戻ろう。歩いてたほうがましかもしれない。つらい。苦しい。


 遠くに小さな白いふわふわが見えて、入道雲にしちゃ小せえなぁなんて呑気に眺めてた。するとその入道雲は一旦ピタリとその場に張り付き……すぐに風の流れに逆らって走り出した。

「よろず、や」

 アホか。ビビってんじゃねえよ男なら男同士の会話ってもんがあるだろう。なんでそっちじゃいけないんだ、テメェはそもそも両極端なんだよ恋とか愛とか恥ずかしくねえのかって、まずはそんな話から始めればいいだろうに俺が拒否ったら全力で避けるのかよ俺はもう要らねえのか、所詮その程度の気持ちだったのか。

 ――総悟の言うとおりだ。

 おれ、フられたんだ。
 万事屋のくせに。無職白髪糖尿寸前くるくるクソ天パのくせに、奴はこの俺を袖にしやがったんだ。
 何様だあの野郎ムカつく。それに暑い。長居しすぎた仕事に戻……

「やれやれ、たまに仕事してみりゃ面倒な……いっそくたばってくんねーかなホント、熱中症とかマジダセーから止めてくだせーよ。土方さーん? 聞こえやすかーい」


 総悟、戻ってきたのか。
 うっせーよ暑いんだよ病気にダセーもカッコイイもあるかってんだ死んだりしねえからなチクショー……


 目が覚めたら屯所の自室で、外はすでに真っ暗になっていた。

 明日からジャケットとスカーフは置いてっていいことにしよう。平隊士は……もうあの悪ふざけの産物でいいんじゃないかなうん。近藤さんの声が聞こえる。こっちに向かってんだろうな、有り難いけどデケェ声で騒ぐのは今は勘弁だ、寝たふりしとこう。
 近藤さんは思いがけず静かに入ってきて、トシ、と小さな声で俺を呼んだ。寝たふりを続けるべきか起きるべきか迷っているうちに、ゆっくり寝ろよ、と言い残して出て行った。
 騒ぎにならずにホッとしたし、近藤さんの気遣いが何より嬉しかった。総悟が押しかけて来ないのも、近藤さんが言い聞かせてくれているからだろう。


 嬉しくて有難いのに、どうしてか不意に涙が出そうになった。





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