もしも総一郎くんが、咄嗟に俺を『友達』にしなかったら。
 もしも俺に、すでにつき合ってる女がいたら。

 今みたいなことにはなってなかったし、だいたいどっちがいいとか悪いとか、所詮仮定の話の良し悪しなんてわかるはずがない。
 それは神の領域であって、俺たち人間は自分の選択を信じるか――後悔するしかない。



 それとこれとは何の関係もないのだけれども、多串くんが可愛らしい女の子に愛を叫ばれ、困っているところに遭遇した。暑いしカップルはうざいし腹は減ってたし、俺たちは多串くんに営業を掛けて、松平栗子っていう、人の話を半分くらいしか聞かなくてしかも都合よく解釈する女の子とニコチンを別れさせるっていう仕事を請け負ったのだった。
 つき合ってねえってニコチンが叫んでたけど、シラネ。



 栗子ちゃんはなかなかしぶとかった。

 しぶとい、てのとは違うかな。好きな男の欠点さえも好きになる、心の広い子だった。あれでもう少し人の話が聞けたらなあ。イヤあれは、マヨラ13が自分のこと避けてることに気づいててワザとやってるのかもしれない。

 ニコチンはケツ捲って逃げようとばかりした。案外コイツ逃げ癖あんのな。俺からも逃げたし。
 でも俺たちだって金貰いたいから、とにかく言いくるめてマヨネーズの着ぐるみ着せて、語尾にマヨ付けさせた。めっちゃ笑ったよ俺はね。あいつスゲー嫌な顔してたけどね。
 従者役の俺たちは、適当な大八車で王子様を迎えに行き、お嬢ちゃんには悪いけど王子とは別れてもらうことに成功した。

 なんか上手いこと言ってたよこの王子。

『君のこと、遠くからずっと見守ってるから』

 とかなんとか。


 そのままニコチン野郎は、死にたくないとかなんとかブツブツ言って警察庁に直行した。マヨの着ぐるみで。すごい度胸だと思うよ、俺たち途中で従者やめたもの。あんなカッコで何ぴとにも会いたくないだろ。マヨだぜマヨ。
 まあギャラは貰ったし何の問題もないわけだが、俺の頭ン中にはモヤモヤしたモノが残った。


 あいつ、満更でもない顔してなかったか?

 もう少し一途な奴だと思ってた。あんなノリで惚れちまうかんじだったか。

 もしかしたらもう、ミツバさんのことは心の中で整理がついたのかもしれない。それは望ましいことだ。生きている者は常に前を向かざるを得ないからだ。
 神の領域に行ってしまったひとを死ぬまで想い続ける。美しい話だ。でも生きている以上、同じ地上にある者を再び愛し、添い遂げるのは正しいことなのだ。死者は生者に寄り添えない。これは、その人が生前どんなに優しく美しいひとであっても変えられない。生者には人の温もりが必要だ。それは神すら止められない事実なんだ。

 あのニコチン野郎が現実に目を向けて、生身の女に想いを寄せたのだとしたら、それは喜ばしいことだ。まあ、今回は残念ながらバックについてる親父がタチ悪かったらしく、実りはしなかった(ていうか土方は徹頭徹尾逃げ腰だった)けど、そうやって現世に目を向けていければいい。


 そう思うのは、本心だ。


 あれからずい分時間が経ってたのと、新八と神楽が一緒で俺とマヨラーがサシじゃなかったのと、こっちは仕事ヤツは依頼人っていう線引きがあったのと……いろんな理由で、あんなに迷ってたというのにすんなり話しかけられたし、避けられるかもとかなに考えてやがんだとか、気にしないで済んだ。

 で、マヨネーズの着ぐるみのまま江戸の街を歩いて行く馬鹿なヤツを思い切り笑ってから、ふとマジで考えた。


 あいつ、俺を避けるのやめたのかな。


 とはいえ団子代ツケにしようとしたら突然現れて俺を非難してったんだから、徹底的に避けられてたってのは俺の思い込みだったわけだよな。

 その後は喧嘩売られたり無視されたり、日によってバラバラな態度だった。俺は俺で、あれ? 俺とコイツってこんなかんじが正常じゃね? 正常じゃなくても、もうこれくらいでいいんじゃね? と思ったりイヤイヤイヤこれなんか気分悪いだろ、スッキリ感ないよそれだけなんだけど、なんて思い悩んだり、だから野郎に会っても絡むこともあればほっとくこともあった。
 お互い様じゃねーから。断じて違うから。あいつが悪いから。


 そんな時に別れさせ屋を引き受けてやった訳だが、仕事は首尾よく現金もほどほど、言うことないはずなのになんか引っかかる。


 遠くからずっと見守ってるだと?


 迷惑だろウザいだろ。大きなお世話だっつってんだよ、あの子が違う男とつき合い始めてもお前見守るのかよ。それ最早嫌がらせだろ。
 見守るくらいならなんで別れたんだよ。親父のせい? そんなのダメ過ぎるだろ。逃げるにもほどがあんだろ。

 うん、何かが矛盾してる気がする。
 でもとりあえずこの辺から文句付けてやろう。今日の今日だからまだ話しかけても普通に答えるんじゃないかな。根拠はないけど。





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