俺が選んでいいってことはアレか。
 俺のテリトリーに入ってくるってことか。
 こいつ俺の領域に自分から入るつもりか。
 まあなんだかんだ言って行動範囲がカブってることは認めよう。とはいえコイツだってこの界隈すべて顔見知りって訳でもあるまいし、どっちかっつうと財布的に行けないところも多そうだし、だったらこの店にしよう。まさかテメーで誘っといて俺に振って来るとは思わなかったが、万が一聞かれたら今日はここにしようかと思ってたくらいだし。だいたいここらは屯所からあんま近くねえし、どっちかつうと万事屋のほうが近いし、全面的に俺が譲るんだ有難く思え。
 そもそも待ち合わせ場所からして気が利かねえ。万事屋寄りって何様だ、誘っといてテメーの都合優先して、さらに店も決めてねえってどういうことだ。屯所から電車で来なきゃなんねーし私用に山崎駆り出すのもどうかと思うし、だからって咄嗟に『もう少し屯所方面にしてくれ』とか言えるわけない。譲歩止む無しだ。
 だけどホントにこの糖尿野郎、この店知らねーんだな。確かにこの界隈の連中だってあんまり出入りしない、どっちかっつーと親父には悪いけど繁盛してねえ店なんだけど。立地的な意味で。だから俺も総悟とカチ合いたくねえとき(主に苛々してるとき)に来るんだけど。まあ俺はあんま目立たないほうがいいって言われてるし。すぐ喧嘩売るから、ってうるせェよ!

 奴さんは躊躇う様子もなく、俺の後からふわっと暖簾をくぐった。どうやらホントに知らないらしい。親父の反応が薄い。つまり俺に向ける態度とは違う。そうは言っても俺に対してもそれほど反応しねーけど。正体知ってんだろうな、俺の。コノヤローはその辺気楽でいいよなコンチクショー。
 親父は俺を見て、連れを見て、さり気なくカウンター席を示した。俺が来ると大抵カウンターだ。さすが客商売。万が一大立ち回りになってもすぐ対処できるようにってことだろう。クソ天パ見たときだって、他の客にはわからないだろうが多少の値踏みはしてた。だいたい銀髪で紅眼のいかにも胡散臭そうな男が俺に付いてきたら、警戒するだろうな。これから酔っ払おうってときにわざわざヤバそうな組み合わせの客を入れたかねえよな。そこんとこ計算してんだろう。他の客の迷惑だし。
 未来の糖分王は幸い何も気づかなかったようだ。カウンターに横並びに座ったのは親父の気遣いだから仕方ねえんだが、この距離は、近すぎやしねえか。そんなに親しくねーんだ俺たち。

「何飲むよ」

 話すことが思いつかないから取り敢えず聞いた。なんでコイツ人のこと誘っといて仕切ろうとか気遣おうとかしないんだ。やる気ゼロか。俺に限らず元々そうなのか。そうだよな。

「……適当に、頼むわ」

 なんだそれ、いちばん迷惑なパターンだぞ。俺はテメーの好みなんか全然知らねーんだお任せとか言っといて文句言うのナシだからな。親父は俺の困惑に勘付いてくれたようで、ヤツに聞こえるように今日のお勧めなんかを説明している。ちゃっかりいつもより高い酒なんかも教えてやがった。つうかホントに支払い俺かよ。

「……だってよ。どうすんだ」
「あ? 聞いてなかった。テメーが頼むヤツ二つ頼め」
「上等だテメェ、マヨネーズ……」
「抜いてください」
「なんだと!?」
「そんな驚くトコ!?」

 聞いてなかったってなんだ空気読め。この流れでマヨネーズの美味さを教えてやろうとしたのになぜそこだけ断る。だいたいここの料理は結構美味いと思う。ただ如何せん立地が悪いだけで。屯所で教えてもいいんだが総悟だの近藤さんだのに占領されんの嫌だしな。

 突き出しは牛蒡と人参と蓮根のきんぴらで、俺はマヨネーズにぴったりな味が気に入ってる。隣の野郎も喜んでるようだが、マヨつけないなんて料理への侮辱だ。マヨネーズつけることで完成されるってのに。オカシイんじゃないのか、大丈夫なのか。



――あいつなら、一味の瓶ひっくり返すんだろうな



 今は亡き人の味覚を思い出した途端、図ったように万事屋が笑った。

「何が可笑しい」
「あ?」

 思わず問い詰めそうになって、次の言葉を引っ込めた。
 この男の前であいつのことを、わざわざ思い出したなんて。
 忘れるはずはないと思い、忘れないと自分に言い聞かせたのに。


 この男には関係のない話なのに。


「いや。それさ、元の味すんの?」
「当たり前だ。それがマヨを引き立たせるんだ」
「親父さんに謝れ」
「なんでだ」
「アホか。テメー自分で料理したことねえだろう」
「する必要がねえ」
「あっそ。嫌味な野郎だぜ」
「んだゴラ、テメェが吹っかけてきたんだろうが」
「テメーがンなもんドバドバ掛けてっからだろうが」
「上等だ表に出やがれ」
「行けば? ホラ、次の出てきたぜ」

 次は温燗と、鰤塩。なんだコイツ、目ェキラキラしてんぞ。そんな腹減ってたのか。哀れな。

「美味ェ」
「フン。貧乏人にゃ勿体ねえ」
「食ったことなかったわコレ」
「?」
「あ、イヤ、アレ……飲み屋で」
「テメェいつも何ツマミにしてんだよ」
「あん? 枝豆とかー、焼き鳥とか」
「しょっぱ!」
「庶民の懐なんてこんなもんだろ」
「テメーの懐だけだろそんなん!」
「ああん? 喧嘩売ってんのかコノヤロー」
「オラ次来たぞ。しっかり味わいやがれ貧乏人」
「わあ! 鍋じゃん!」

 どんだけテンション高いんだ。
 懐具合は明らかに下なのにまるで気にする様子もないのは生来の図々しさなのか。もう少し見栄を張るヤツだと思ってたんだが美味いモン食わしてやれば喜ぶのか。ずいぶん単純だな。
 気まずくて仕方なかった野郎の真隣なんつー最悪のポジションでも、美味い食い物さえあれば和める気がする。

「美味え」
「さっきも聞いた。よかったな」
「……」

 ガキみてえだ。いつまでも警戒してんのがバカバカしくなる。少しは、ガード下げても、

 カウンターに肘を付いて煙草を取り出す。食ってる最中の相手に断るのが礼儀だろうが、なんだかそんな気遣いも必要なさそうだと思った。すると野郎は図々しくこっちを覗き込み、飯の食い方が早いと抜かしやがった。

「は? ああ…….仕事柄って訳じゃねえ」
「元から早いのかよ」
「ゆっくりできねェ性分なんだよ。うるせーな」

 酒で舌も綻んできたのか。お節介な。
 そういやさっきから俺たちは何をしゃべってんだ。
 こいつの日常を垣間見て、俺はどうしようってんだ。しかもほんわかして。

 次の料理は鍋の締めだった。俺は雑炊を選んだけど、ほとんど同時にアイツも雑炊を頼んでた。うどんっていう選択肢もあったんだがな。






「で、用事があったんじゃねーのか」

 たぶん俺は、油断してたんだ。
 散々気を揉んだ挙句、あまりに普通過ぎて、しかもコイツとそれなりに穏やかな会話ができて、なんなら少し浮かれてたんだと思う。

 途端に強張った万事屋の表情に、俺は心底震えた。
 あいつの、しまった、って顔を見た瞬間、答えを聞くのが恐ろしくなった。

 いつの間にか、今日くらい平穏に過ごしたいと願っていた。この、いつも顔を突き合わせれば怒鳴り合ってた男と。


 最近ではずっと、負い目を感じていた男と。


「あの、さ」


 万事屋が口を開く前に、俺は大通りに飛び出した。
 そして籠をとっ捕まえて、屯所まで、と叫んでいた。


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