なんで来ちまったんだろう。
 なに意地張ってんだ。
 でもホッとした。肩の力を抜けと、いつも近藤さんに言われるけれど今回ばかりは、ああ俺は相当緊張してたんだな、と実感した。
 万事屋がほんの少し歩み寄ってきて、今までより少しだけ近い距離に寄ってきた、それだけでこれほど気持ちが軽くなるとは。

 なぜ野郎がサシで俺を誘ったのか。
 理由はまだわからない。
 わかってしまったら、この軽さはまた吹き飛び、より一層重い責を負うことになるのかもしれないが。

 売り言葉に書い言葉で、俺は日時と場所しか聞かなかったし、万事屋も何の目的で俺を誘い出すのか言いもしなかった。
 ただ俺は、野郎を以前のノリで怒鳴り上げ、それを糞天パが相変わらずな調子で言い返してきやがったのが嬉しかった。
 そうだ。嬉しかったんだ。
 その言葉が一番しっくりくる。
 そして今、もう直に糖尿野郎が来るというこの時になって、その嬉しさに水を差されるのが忌々しいのだ。
 奴が忌々しい、はずはない。
 むしろ奴が屈託なく誘い出しやがったことが嬉しかったという、自分でも驚くような現象が一度は起きているというのに、その当人によってその気持ちがぶち壊されるのではないかと思うと、やっぱりあのクソ天パが忌々しく思えてくる。
 ていうかこれ、考え過ぎて堂々巡りだと思うんだが止まらないのはあの野郎がとんでもなく遅刻してるからだ。どんだけ考えさせんだいい加減にしろテメーから誘っといて大遅刻たァどういう了見だ連絡くらいしろ、ああ俺の連絡先知らねえかそういや俺も野郎の連絡先なんぞ知らないし知りたくもねえと思ってたがこうなってみると一応聞いておけば良かったかもしれない、なんてこったあの時の俺しっかりしろ。

 ちょっと待て。

 なんで連絡先だ関係ねえだろこの先二度と使うことはないわけだし、ん?
 遅刻が腹立つのは、奴がいったん俺をいい気持ちにさせといていざとなったら散々気を揉ませやがった挙句不愉快な話しやがんじゃねえかって不安……ふあん?
 どういうことだ。
 俺は、自分で思ってたより今日を待ち望んでたってことか。
 そんな馬鹿な。相手はあの野郎だぞ。あり得ん、そんなはずはない。だが、だったらこの苛立ちはなんだ。奴の用件が気になって仕方ないのはどうしてだ。
 ああもう、さっさと来やがれ糞天パ。






 なんで誘っちまったんだろう。
 なにいい気になってたんだ。
 今になって緊張してきた。いや、今までもわりと緊張してたと思ってたんだけど。あれは緊張じゃなくてただ気まずいだけだったと、今さら思い知った。
 緊張(と思ってたもの)に耐え切れなくなって、話し掛ける口実も上手いこと思いつかなくて、ついうっかりサシで飲もうなんて誘ってみたらあいつは喧嘩腰で乗ってきた。前と同じ感覚なのか、本当にイラついているのか。それがわからなくて俺は迷っている。

 なんだって俺はサシであいつを誘ったのか。
 自分でもよくわからない。
 わかっていることはひとつだけある。喧嘩がしたいんじゃない。穏やかな会話がしたいってこと。
 けど、穏やかに何を話せばいいんだ?

 あいつは特に用件を聞き質すこともなく、場所と時間だけ聞いてぷりぷりしながら帰ってった。決闘でも申し込まれた気になってるんだろうか。まさか。飲み屋で決闘する奴はいない。せいぜい飲み比べだろうが、俺はそういうつもりじゃなかったことは確かだ。じゃあ、なんだ。あのチンピラ警察は、何しに来るんだろう。
 それを考え始めたら怖くなった。
 素直にその言葉が一番しっくりくると思う。
 そして今、もう直にあいつと落ち合わなければならないこの時間になって、『会ったはいいが決定的な言葉――もう話し掛けんな的な――を叩きつけられたらどうしよう』と俺は悶々としている。
 そうなったからって俺の何が変わる訳でもない。
 でも、そんなら俺はあいつを誘ったりしなきゃ良かったわけで、今後悔してるのは奴とサシで飲まなければならなくなったことではなく、奴と何を話すことになるのかがわからないからだ。自分で誘っといてなんだがあいつは俺に何を言うつもりなのか。俺は何を話せばいいのか。ノープランすぎて先が読めない。いつもならンなこと気にしやしねーのに、今日は気になって気になって、ガッチガチに緊張してる。
 ていうかこれ、考え過ぎて堂々巡りだと思うんだが止まらないのは俺がとんでもなく遅刻してるからだ。考えれば考えるほどコレすっぽかしたほうがお互いのためじゃねえかとか、それだとやっぱりニコチンがウチに怒鳴り込んで来て結局話す羽目になんのかなとか、どんだけ考えさせんだいい加減にしろだいたいどういう了見でテメーは誘われてんだこっちが遅れたら連絡くらいしろ、ああ俺の連絡先知らねえかそういや俺も野郎の連絡先なんぞ知らないし知りたくもねえと思ってたがこうなってみると一応聞いておけば良かったかもしれない、なんてこったあの時の俺しっかりしろ。

 ちょっと待て。

 なんで連絡先を二度と使わないと思うんだ?
 連絡先ゲットしとけば、今日は失敗してもまた今度なって言えるかもしれねえじゃねえか。ていうか今日は碌に会話できない。話のネタがわからな過ぎ…….ん?
 どういうことだ。
 俺は、自分で思ってたより今日を楽しみにしてたのに、まだ相手に会ってもいないうちから上手くいかないと確信してるってことか。
 まあ、しゃあねーわ。相手はあの野郎だし。いきなり話が弾むなんて、そんなはずはない。だが、だったらこのビビり具合はなんだ。奴が乗り気でないかもしれない、そんな当たり前なことに、しかもまだ起きてもいないことに、重い気持ちになっているのはなぜだ。
 ああもう、さっさと行っちまおう。






「遅ッせーんだけど」
「おー……待たせて、悪ィ」
「自覚あんのか!? ないと思ってたんだが」
「ありますよー? 土方くん、万事屋をなんだと思ってんの」
「仕事関係ねーだろ」
「まあまあ。どっかオススメの店ある。ないなら俺のオススメ教えてやるけど」
「ハァ? テメー何様のつもりだ俺が飲み屋のひとつやふたつ知らねえ訳が」
「ハイハイ。じゃそこで。土方くんの奢りで」
「なんでだァァァ!?」



――なんだ、案外普通じゃねえか


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