1 「俺の手は、土方には決して届いたりしないのだと」 堂々と愛を告げた土方は、俺の無茶な頼みを渋々聞いてくれた。 おまえが釈放されるまでだからな。 そう、何度も念を押して。 でも土方、俺は釈放されるつもりはない。 ここで断罪されるか、 或いは。 後者のほうが望ましい。 そして叶うだろう。 あの男の性格はよく知っているから。 あの男ってのは、この場合高杉のことだ。 高杉のところに転がり込んだのは、成り行きとか勢いだけじゃなく、あいつが俺の性癖を熟知してたからって理由と、俺が(高杉の言葉を借りれば)ぶっ壊したい衝動に駆られてたから、なんだろう。 高杉ってのは昔から、他人の色恋沙汰には人一倍耳の早い奴だった。どっちかつうと「奴ら幸せそうだからそっとしといてやろう」じゃなくて、「面白いからぶっ潰す」ほうだった。 戦場の恋なんてのは幻想だ。非日常が続きすぎて、イカれた連中が辛うじてコッチの世界に繋がる、細い細い糸だ。 愛だの恋だのは、平和な人間がすることであって俺たちにとってはただのまじないか、よくて性欲処理だと思ってたんだ。あの頃は。 だから高杉は、故郷に嫁や許嫁を残してきた奴を誘惑した。高杉の躯に溺れ、色香に当てられた男は、どんどんのめり込む。そんな男をある日複数で犯す。 そんな、今考えれば鬼畜の所業を、俺と高杉は好んで、暇さえあれば標的を物色していた。 ヅラは血相変えて俺たちを叱ったし、辰馬は相手の男を上手く逃がしたりもしたが、俺たちは止めなかった。 その高杉が、袂を分かったとはいえこの俺の下半身事情に食いつかないはずはなかった。 俺も高杉のやり方で充分楽しんだわけだし、俺だけ例外にするような奴じゃないこともわかってた。 どうやって知ったのか教えようとしなかったけど、要するに俺は待ち伏せを喰らったんだ。 そして、つけ込まれた。 土方で遊ぶのをやめたら、新八や神楽が何やら言い出したけど、何を言ってるのかよくわからなかった。 その後土方が躯を売ってることに気づいてやけに苛ついたのも覚えてる。けど、なぜ苛ついたんだ? 俺は土方を引き摺り堕としたかったはずなのに。 高杉に再会したとき、俺は既に思い知っていた。俺の手は、土方には決して届いたりしないのだと。あの男は堕としても堕としても、俺と同じところになんか決して来ない。 なぜなら俺はヒトではないから。 地獄に彷徨う亡者が地上に帰れないように、俺は土方の傍には絶対に立てない。 俺が艦に行くのを承諾すると、高杉は口の端っこを釣り上げて、喉で笑った。全部わかってるよと言われたみたいで気分が悪かった。 おまえは何にもわかっちゃいない。 おまえは土方を知らない。 けど、たとえ俺が土方を少しは知ってたとしても、結局俺が化け物だってことをあの男は理解できまい。高杉ならよくよく知っている俺の、化け物っぷりを。 高杉になら、俺の醜さを笑われても痛くも痒くもなかったんだ。 土方となんやかんやで関わっていたあとにコイツを見ると、昔の俺のバカさ加減を目の前に突きつけられた気がして不愉快なのだ。だって昔のバカは今となっては変えられないだろう? バカだったなあと思い直して、少しは賢く生きていたとしても。 その、直しようもないバカの部分を土方に知られたくなかった。 優位に立ちたかった。あの男に俺の弱味なんぞ握られちゃたまんねえと思った……あの、心根の美しい男に、俺の腐った正体を知られるのは悔しかった。 でももともと俺はキレイに生きてきたわけじゃない。土方が俺の世界を理解するなんて、 あり得ない。 そう思い至ったら、じゃあせめて化け物を化け物として認識してる高杉んとこのほうがマシなんじゃないか、と結論したんだ。 もう土方にあれやこれやを隠すのも面倒だし会わなきゃあの男をぶっ壊したい衝動に駆られることもないし、これならいいことづくめじゃないか。 河上はエラい剣幕で高杉を怒ってたけど、んなもん高杉が聞くわけがないと知ってるくらいには、俺は高杉とのつきあいが長かったんだ。 高杉の毒にやられたのかと思ってうんざりしてたけど、今にして思えば違うのかもしれない。 俺は、土方に、 少しでも自分を飾りたくて、 飾り切れないと知ったからあいつを貶めて、 それもできないとわかってから、切り離したんだ。 章一覧へ TOPへ |