3 「なんで何にも言わねえんだ、おまえは」 *変死体描写あり。 坂田が連行されたのは、明け方近かった。 総悟が帰るなり、俺の部屋の障子を開け放った。 「手こずりやした。こっちゃ十人以上いたってのに」 「嫌味言いに来たんなら帰れ。聞いてる暇はねえ」 「嫌味ももちろんですがね、聞いときたいこともありやして」 無表情な顔でしっかり他人の部屋に上がり込み、真顔で言った。 「暴れる暴れる、こっちゃァほとんど病院送りでさ。怪我しなかった奴なんざひとりもいやせん。なのに捕まったとたん、借りてきた猫みたいに大人しくなりやした」 「だから?」 「だいぶ手荒な真似してくれたんで、こっちもやり返しやしたぜ。そんくらいしねーと収まらねえんで、大目に見てくだせえ」 「それだけなら出てけ」 「いやいや。わざわざ胸糞悪ィ思いして確かめに来たんで、答えてもらいます」 総悟は顔色を変えない。 「先日幕府のエライのが変死したそうです。名前は、」 こちらが血の引く思いがした。 あの、幕臣だ。 なぜそれを総悟が。 「変死も変死、尻の穴犯された挙げ句ナニを切り取られて、出血死だそうです。外聞があるんで、病死ってことにしたかったようですが」 「……」 「正直あのジジイのナニが、アンタのケツに入ったことがあんのかどうかはどうでもいい。アンタ、あのジジイとどうやって別れました?」 「……」 「ああ、ちなみに切り取られたナニは切り刻まれて、バラ撒いてあったそうです。もっとおっかねーことに、切られたときはジイさん生きてたようですね。自分のイチモツがバラ撒かれてるとこ見ながら死ぬなんて、嫌だなァ俺は」 怨恨。 しかもそれは、寝取られた者がするだろう殺し方。 「確かに円満に別れてねえな」 あのジジイは俺が邪魔になった。 けれども暗殺は難しいと思ったんだろう。手厳しく追い払い、俺が街を流し始めたのを聞いてこれ幸いと、嗜虐の質のある男たちを差し向けたのだとしたら。 だが一度や二度では俺が飽きて、またジジイのところに戻ってくるかもしれない。 特殊な性癖を持つ連中を常時提供できる団体。 ――たかすぎ、 「坂田は、無実だ」 「そうでしょうね。だがその旦那は黙秘権行使でしてね。こっちの気遣いはしてくれるんですが、あとはダンマリなんでさあ」 「……なんでだ!?」 「さあ。ひとつ言えることは、」 「わかってる。この黙秘は坂田に不利だ」 「そーいうことです」 総悟は立ち上がりしなに言うのだ。 「不当逮捕だって言い立てないトコ見ると、案外当たりかもしれやせんぜ?」 そのまま足を引き摺りながら背中でスパンと障子を締めた。 当たり? あいつが、加担したってことか。 (それは、ない) 坂田との会話を思えば簡単に答えは出る。 俺が他の男と寝るのが、嫌だったと言ってた。 他の男には媚を売り、坂田には口を閉ざして堪えたのが嫌だった、と。 (それが嘘だったら……?) 二人きりの、特殊な空間で、予想外の親密感が沸いて、疑似恋愛に、 そんなことはない。絶対に。 でもその感情を持ったのはいつからなのか。高杉の艦に乗る前か、後なのか。 前からだと信じたい。けれど坂田の口から言ってほしい。 そうすれば近藤さんも総悟も、信じてくれるのに、 ――なんで何にも言わねえんだ、おまえは 自分を知られるのを、極度に恐れる癖。 なのに、受け入れられているか、確かめずにいられない癖。 今、それがおまえを確実に死に追いやっているというのに。 「副長、」 「山崎……」 「旦那の取り調べが終わりました」 「今日は、だろ」 「いいえ。終わりです」 「!?」 「旦那はサインしました。高杉と共謀し、副長に害を成そうとした、と」 俺は、何を信じたらいいのか。 章一覧へ TOPへ |