1 「坂田が無実でなかったら?」 河上万斉。 あの男なら、事情を知っているかもしれない。 しかも河上が地上に降りたのは確実だ。 奴を探すことから着手しよう。 密かに山崎を走らせた。 既に長い日数が経っているから、山崎も探索に時間が掛かるだろう。 その間に俺は、万事屋に顔を出した。 メガネの小僧とチャイナ娘が驚いて、次に眉を寄せて睨み付けた。 「聞きたいことがある」 「……なんですか」 「万事屋は居なくなる前に、どんな様子だった」 「白々しいネ。おまえが一番よく知ってるくせに」 チャイナが敵意剥き出しで突っ掛かってこようとするのを、メガネが止めた。 「言っときますけど、僕も神楽ちゃんと同じ気持ちです。ただ、ここで土方さんと揉めたら銀さんの立場がもっと悪くなると思うから止めただけですから」 「どこまで知ってる?」 「銀さんに、土方さんへの暴行容疑が掛かってることです。違いますか」 高杉のことは意外にも漏れていなかった。まあ、当たり前か。 「誰に聞いた」 「姉上です」 「……チッ。近藤さんか」 やっぱり。 人が良すぎるのも考え物だ。坂田と親しくしている志村家に無断で、坂田を捕らえたくないと思ったのだろう。この姉弟や、娘の気持ちを考えて。 「銀ちゃんを探してって頼んだのに。捕まえて欲しいなんて、言ってない」 「そうだな」 「嘘つき」 真っ青な瞳が怒りに潤んでいる。 「今日聞きたいのはそこじゃない。失踪する前の、坂田の様子だ」 「聞いてどうするんです」 「言ってもテメーらは信じないだろう。言うだけ無駄だ」 「じゃあ、僕たちも話しても無駄です。言いません」 「……隠してやがるな」 「どう取ってくださっても構いません」 メガネはぐっと顎を噛み締めた。 「まだ餓鬼だから、拷問は許してやる。さっさと吐け」 「だから、なんのためですか」 何のためだろう。 坂田のため? 坂田の無実を証明したいから。 いや、坂田が無実ではなかったら? あの男が、地上に飽きて……高杉の下に走ったのだとしたら。 そんなはずはない。そんなはずは、 「何のためだか、後で考える」 「何アルかそれ!」 「悪いが今はそれしか言えない。坂田の無事も約束しない。だが、このままあいつが消えてなくなるのは、止めねえと」 生きてるのか、死んだのか。 俺にそれを知る権利はあるのか。 ――それが知りたい 「銀さんはずっと、苦しそうでした」 メガネが口を開いた。 「居なくなる、ずっと前から。どうしたんですかって聞くと、寂しそうに笑うんです」 「新八! コイツに教える必要なんてないネ」 「神楽ちゃんも聞いたでしょ。『いい加減、吹っ切らねーと』が最近の銀さんの口癖でした」 「吹っ切る……?」 「おまえのことネ。ニブチンコ」 「俺……!?」 「ずーっと、土方さんを目で追ってました。僕たち言ったんです。男同士だからって僕たちは変に思わないって。そりゃ最初はびっくりしましたけど……銀さんが、あんまり本気だったんで」 「その癖に否定するネ。マヨラーなんか甘党の敵だとか黒髪ストレートの気が知れねえとか、訳わかんないこと言って。子どもより子どもみたいだったヨ」 「僕たちの見たところでは、銀さんの一方的な片想いとは思えなかったんですけど……振られたみたいで」 「それからずっとヨ。吹っ切らねーとって言って、ため息ばっかり」 「それで、あの日『ちょっと出てくる』って言ったっきり」 ちょっと待て。 どういうことだ。 俺は、あいつの気に障ったんじゃなかったのか。 おれからわかれをきりだしたことなんかない 「振られたって……万事屋が言ったのか」 「見りゃわかります」 「聞いてないんだな」 「そこまで言わせられないヨ」 待ってたのに、 どうしたらおまえに気に入られるかって考えて、そればっかり考えて待ってたのに 「土方さん……?」 「言えばよかったのに、あのバカ」 そうしたらこんな、ややこしいことにならなかったのに。 ごめんな、銀時。 もう遅いかもしれないけれど。 俺こそが、おまえの気持ちを踏みにじっていた。 ずっと、前から。 章一覧へ TOPへ |