「坂田はなぜ高杉の元へ走ったのか、知る必要がある」





 その夜、山崎が俺の部屋を訪ねた。
 このところあまり接触していない。俺のほうが遠ざけていたかもしれない。

「副長、折り入ってお話があります」

 思い詰めた顔で糞真面目に切り出されたら、今までの罪悪感も手伝って無碍にできなかった。
 仕方なく部屋に入れ、いかにも書類と向き合っている呈で背中を向けたまま話を促した。

「俺は、旦那のことはもういいんです」
「……」
「横から浚うような真似して、すいませんでした」
「……」
「せめて、副長のお役に立てたらって思ってます」
「……は?」
「旦那を探してるんでしょう? しかも局長より早く」
「そうでもねえ。見つかりゃしねえだろ」
「旦那は、遠くには行けませんよ」
「なんで」
「あなたがここにいるからです」

 ため息が出た。
 坂田はそんなロマンチストではない。危険を察知すれば、誰がどこにいようとさっさと遠ざかるだろう。
 現に、高杉の下へ走って身を潜めたくらいだ。真選組があれほど探して見つからなかった艦に、いとも簡単に乗り込んで。

「坂田とは何にもなかった。あいつが俺に義理立てる理由がない。以上」
「まさか。副長ご自身が今言ったでしょう」
「?」
「坂田、って。万事屋って言わずに」
「……」
「お二人の距離が、近付いた証拠だと思いますけど?」
「別に。言いにくいから縮めただけだ」
「ますますでしょ。二人っきりのときに、副長が旦那を呼ぶ必要がたびたびあったってことですから」

 この男は観察することに長けていたから監察に任命したんだった。他ならぬ俺自身が。

「仮にテメーの推察が少しは当たってたとして、どうするつもりだ」
「副長の、おっしゃる通りに」
「俺はなんもしねえ」
「じゃあ、これくらいさせてください。局長が動いてます。旦那を逮捕するつもりです」
「……知ってる」
「旦那が進んで高杉のところへ身を寄せたと、局長は考えています。けど、証拠がありません……唯一の根拠は、水際に乗り捨てられた旦那のバイクです」
「……」
「壊れた様子もなく、キーも抜かれた状態だったので、旦那が自然に降りてそのままだと考えられますが、その後の足取りは確定していません」
「……そうか」


 俺は高杉なんか好きじゃないよ。
 坂田の声が耳に甦る。
 一ヶ月も入り浸っていたらしいから、なぜ彼処にいたか聞いてみなかった。
 性欲を満たすためなら地上でことは足りるはずだし、何より高杉なんぞに手を出さなくてもこの男を口八丁で丸め込み、捌け口にもできたはずだ。

 どうして坂田は、あの艦にいたのか。
 無理に連れ込まれたとも思えない。

「おまえ、俺を探しただろう」

 あの日坂田が見かけたのは、本当に俺を探す山崎だったのか。
 あるいは別の、

「まさかあんなとこに居ると思わないじゃありませんか。びっくりしましたよ」
「見当つけてきたわけじゃねえのか」
「え、見てたんですか?」
「俺じゃない。坂田が見た」
「あー……そうでしたか」

 それじゃ副長発見が遅れたのは、俺のせいかも。すいません。
 あまり悪そうな顔もせず、むしろ笑いを含んで山崎は言う。

「吹っ切れるまで時間かかるかなって思って。二度と会わないなんて言っちゃったんですが」

 大人げなかったと謝ろうと思っていたところに、坂田も俺も失踪して言いそびれていたらしい。

「俺が拒否したから声は掛けなかったってことですよね?」
「……」

 そうかも、しれなかった。
 てっきり俺は、俺と二人で過ごしたくて山崎から身を隠したのだと思っていたが、それは俺の都合のいい解釈なのかもしれなかった。
 一緒に暮らしたときですら、坂田の考えがわからなかった。
 坂田がいない今、実のところは全くわからない。

 坂田は高杉のところへ、自分の意志で行ったのか。
 坂田はなぜ高杉の元へ走ったのか、知る必要がある。


 俺の頭がいろいろな計算を始めていた。




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