誰も知らない(はず)


「明日、予定ある」

 と聞いたら

「ある。帰りは九時くらいになる」

 とキッパリ宣言された。
 忘れてないだろうな。こいつアニバーサリーデイとかってバカにするタイプだから、重要度は低いんだろうなあとは思ってるけど。忘れてたらちょっと引く。悲しいのとは別に引く。

 そして今朝、十四郎はいつも通り家を出て行った。俺としてはいってらっしゃいとかいってきますとかのチューは生涯続けたいけど、ものの一ヶ月くらいで『なあ、これいつまで続けるんだ?』なんて言われて引き下がった。まあね、わかってるよ。そういうヤツだって。そういうって、冷たいってわけじゃなくて過剰に照れ屋ってことね。
 でも今朝のは結構堪えたなあ。


 十四郎は大学内では俺とつき合ってるって言ってない。ただ、女の子に言い寄られてもことごとく突っぱねてると聞いた。学部が違うから一般教養が終わると講義が被らなくなるんだ。ゼミも始まって、ゼミ内の飲み会なんかで遅くなることも多い。そんときにモテまくってるらしい。
 なんで知ってるかっていうと、高杉が親切に教えてくるからだ。あんま嬉しくない。どうせならついでに『土方にはカレシがいる』って言ってこい。やっぱダメ。十四郎が言いたくないなら黙っててほしい。

 かなり憂鬱な気分で俺も午後から大学に行った。今日の講義は専門で、出席しないと単位もらえない。留年は困る。いろんな意味で。
 やっと全部終わって、学生ホールでダベってたら誰かが俺の誕生日だって思い出して、飲みに行こうとか言い出した。
 飲み会自体はまったく乗り気じゃないけど、正直なとこ『こんなつき合い浅いヤツだって祝ってくれようって気になるのに十四郎ときたら』という一文がきっちり頭の中でアナウンスされた。
 祝おうという気持ちだけで嬉しい。でもコイツらはきっと実行には移さない。ゼミ繋がりでなければ俺も行かない。
 みんな俺が同性愛者だって知ってるからだ。


 俺としては少し違うようにも思う。
 正確に言うと男に欲情するわけじゃない。十四郎限定なんだ。最初のころ普通にコンパに行ってたこともあったけど、そういう席でちょっとした仕草とか気遣いに、いいなーかわいいな、と思うのは女の子だった。どんなに面倒見良くても男の筋肉にグッとくることはなかった。女の子が可愛いと思うのも確かだけど、十四郎は比べものにならない愛しさだから過ちなんて起き得なかった。
 そうして、自分で言うのもなんだけどごく稀に女の子に気に入られて、フリーならつき合わない?みたいに誘われたことがあって、そのときハタと考えた。
 俺は男とつき合っててそいつ以外考えられないからごめんね。
 そう答えたら、俺の相手が十四郎だってことはいつかばれてしまう。一緒に住んでるんだから、友人として俺んちに来たヤツが、あれ?ルームシェアしてんの?誰と?ってなって、それが十四郎だって知れたら当然俺がつき合ってるのが十四郎ってことになるだろう。
 そう考えて、一年のころ俺はわざわざ引っ越した。十四郎は意味がわからないって言った。だって引っ越しても俺は十四郎んちに帰ってたから。
 それでも俺はいつも十四郎と居たかったし、一年の頃はまだ同じ講義が取れたから四六時中一緒に居たし、やっぱりこの状況で『俺はゲイです』って言ったら矛先は十四郎に向くってわかった。つまり、他人の色恋やスキャンダルに人は群がりやすいってことだ。そうしてやっと、俺は十四郎がなかなかオープンにしない理由を知った。

 だからゼミの飲み会があったとき、恋人談義に花が咲いて坂田は彼女いるのかっていう質問に俺は『俺、ゲイだから』って答えた。最初は冗談だと思われてたけど、冗談じゃないって理解したら野郎連中は引き攣ってたな。俺は別に慣れてる(こういう視線は髪の色と目の色とで十分味わってるしね)から平気だったけど、ああ十四郎がこんな目で見られたら辛いだろうな、というのは痛いほどわかった。
 ゲイというのとは違うと思う。だから本当はゲイの人に失礼なことをしてるのかもしれない。


 で、今日も飲み話で盛り上がったものの実行には至らないだろうと高を括っていた。カミングアウト以来、男連中は関係こそ断たなかったものの酒が入る席だけは躊躇するようになった。意外と女の子には受け入れられてるけど、女子会に俺一人みたいなのは俺がつまらない。だから俺が加わった飲み会ってのは滅多にない。
 なんやかんやでみんなが『おめでとう』って言ってくれて、自販機のジュース奢ってくれたり食いかけの菓子分けてくれたり、それで十分嬉しかったんだ。その後ダラダラとなんとなく解散した。

 最後に女の子が残った。

 俺と研究内容が似てるから、よく相談したり情報交換したりしてる子だった。親しいと言っていい。

「坂田くん、誕生日なのに一人でいいの」

 また相談とかなんかかな、と呑気に思ってた俺は度肝を抜かれた。
 一人でいいの。
 いや、十四郎は帰ってくるって言った。だから一人じゃない。確かに一緒に居られる時間は短いけど一人じゃないし、別に今日じゃなくてもずっと一緒だもんね。ほら、日常って延々と続くわけだし今日一日少しくらい一緒に居られる時間が短くてもトータルでは誰よりも長く傍にいられる。大丈夫だ俺、立ち上がれ。ってあれ、俺ヘコんでるの。

「つき合ってる人はいないんだよね。好きな人は?」
「……いるけど」
「私らの中? 片想い?」
「や、それはなんつーか……特定する気満々だろオメー」
「そうじゃないよ。私らの中じゃなかったら、しばらく私とつき合ってみない?」
「――え」
「私、坂田くん気になってる。坂田くんが男の人を好きでも」
「あの、悪いんだけど」
「だって片想いでしょ? お誕生日に一人っきりなんて寂しいよ。つき合わなくてもさ、今日は一緒に居てお祝いしたい」
「えーっと」

 痛いところを突かれた、と思った。
 誕生日が嬉しい歳ではない。でも、祝ってくれる相手が特別なひとなら話は別だ。ただ寄り添っていられれば、これ以上嬉しいことはない。
 十四郎は忙しそうだった。この子には悪いけど、今日一日の寂しさを埋めてもらうにはうってつけ、だろう。もう一回言うけどこの子には悪いことだってのはわかってる。

 ああ、やっぱり嫌だ。

 俺が一緒に居たいのは十四郎であって、あいつが忙しいからって誰かがあいつの代わりをするなんて嫌だ。それじゃガキの誕生会と一緒だろ。
 行儀よく返事を待つ女の子に、やっぱり今日は帰るわ、と言おうとした。


「おい。そいつにゃァ先約があんだ。勝手なことすんな」


 俺の後ろから、久しく聞かない獰猛な声がした。

「あ……用事は?」
「済むわけねえだろうが。テメェこそなにやってんだ」

 開いた瞳孔を久しぶりに見た。昔はヅラのロン毛やら高杉の喧嘩やらにいちいち瞳孔カッ開いて、お前がいちばんアブナイよってくらい率先して揉め事起こしてたけど、大学に来てからはついぞお目にかからなかった。
 それが久々に怒りで開き切っているのを、微笑ましく見守っちゃう俺はやっぱり一生十四郎の傍で生きるしかないんだろう。幸せなことに。

「坂田くんは予定ないって」
「坂田の予定はある」
「え。オメー今朝帰るの九時っつってたじゃん」

 十四郎はあからさまに舌打ちした。行儀悪いけどそれも可愛い。

「俺の予定もある」
「俺は特にないんですけどー」
「帰りに予約してたやつ全部受け取んなきゃいけねーから一旦帰って車取ってきて……なんたかんだで九時にはなるって計算だったんだよ、それをのっけからぶち壊しやがって」
「?」
「テメェ忘れてんのか。今日誕生日だろ」


 話が見えない。
 見えないけど、覚えててくれたんだ。それがわかった途端、朝からクズクズと俺の胸に渦巻いてたものがパッと晴れた。単純? 結構。嬉しいモンは嬉しいんだ、だって十四郎が俺の誕生日覚えててくれたんだぜ。ソコ、喜びのハードル低いとか言わない。


「坂田くん……好きな人ってその人?」


 浮かれた気分を冷まして有り余る言葉が聞こえた。
 これじゃ十四郎が俺のおホモだちだと公言してるようなものだ。今朝って、勘のいいヤツなら一緒に住んでるってわかっちまうし十四郎が俺のために画策してたのも今の会話で明らかだ。
 どうしよう。

 俺はほんとは、否定したくないんだ。
 コイツは友達で、好きな人は他にいるなんてフリ、したくない。
 迷いから、言葉に詰まってしまった。いかん、この間が彼女に真実を教えてしまう。早く何とか言わねえと。


「好きな人? 同棲してんだけど。ヤルこともヤってるし、俺もコイツに惚れてんだけど」
「……そうなの、坂田くん?」


 え、今誰が答えたの。俺じゃないよね。ヤルことヤってるとか生々しく言わないよね俺、だって十四郎のあれやこれやは他のやつに想像すらさせたくないもの。誰だよ余計なこと言ったの。


「あなたも、男の人が好きなの?」
「は? なに言ってんだ。銀時に惚れてるだけだ。他は野郎も女も眼中にねえ」

 まさにそれだよ、俺が言いたいのも。つうかお前カッコ良すぎね。男前すぎんだろ、惚れ直すだろ。

「坂田くん、好きな人ってこの人なんじゃないの」
「えっ? あ、ハイそうです」
「片想いじゃないみたいよ。良かったね」
「はァ? 片想いのわけねえだろ、銀時とは高校ンときからこーいう関係だ」
「さ、坂田くん?」
「おい銀時、ハッキリ言ってやれ」
「え? えーと。うん。つき合ってマス」
「つき合ってる人いるじゃん」
「そーです。ウソつきました、ココ来る前からつき合ってマシタ」
「なあんだ」
「テメェ適当ブッこいてんじゃねえぞ。なに隠してやがる、俺には偉そうに説教しといて」
「説教はしてない! 周りに知られたくないなら俺もそれに合わせるって言っ……ああもう! 続きはウチでやろ!」
「坂田くん、私が言ったことはナシにしてね。余計なことしてごめん」
「ほんと余計だ。テメェも銀時のこと忘れろ。なんなら銀時の記憶ンとこだけぶん殴ってやるから一生忘れろ記憶に留めるな」
「ちょ、十四郎ォォオ!? やめなさいっ無理だからね! そんなん無理だから!」
「お幸せに〜」
「あ、ちょっ、待ってェェ!」
「ああ? 女に用はねえだろ。なんかするつもりだったのか? 浮気とか」
「そうじゃねえよォォオ! おま、バラすにしても洗いざらいぶちまける必要あんの!? どうしちゃったのあんなに躊躇ってたのに!?」
「……なんかムカついたから」
「そんだけ!? お前な、俺はいいけどこの先お前が」
「お前がいいんなら問題ないだろ。ほらケーキとかプレゼントとか取りに行かないと。誕生日おめでとう」
「そんで、遅くなるっつったの……?」
「おう。他になにがあるんだ?」
「サプライズ的な?」
「まあな。もうバラしちまったけどな、テメェが余計なことするから」
「うわあ。幸せすぎて実感湧かない」
「ほら車借りに行くぞ。総悟んちだけど」
「おまえ……!」



「車借りたいとか言うんで仕込んどいたぜィ」
「車貸すのはマズイでござろう」
「私もシコミって奴やってやったぜィ、キャッホー」
「主はあまり沖田に毒されぬほうが……」
「友達に銀ちゃんの誕生日教えて、エロく誘ってって頼んだだけヨ」
「今回の極悪非道No.1だな、クククッ」
「晋助、笑ってる場合じゃないでござるからね。それで、この動画は?」
「四人でドライブしたときのネ」
「後ろでイチャイチャしてやがるトコをチャイナに録画させやした」
「ドライブはどうでもいいから、銀髪にドッキリ成功!ってやりたかったなぁ」
「またロクでもねえことに首突っ込みやがってこのスットコドッコイ」
「いいかんじに銀髪が騙されてたのに。女の子うまかったねー、あの黒髪邪魔だなあ」
「やんなくていいんだってーのアホウ」
「親切に家まで送れば油断してちゅーくらいするかと思いましたが狙い通りです」
「コイツらいつまで唇くっつけてんだァ? 吸い付き人形か」
「晋助、そう言いながらガン見でござるよ。羨ましいでござるか」
「べっつに。俺の誕生日終わったし」
「忘れててごめんでござる!」
「は? 来年のテメーの誕生日はねえからなマジで」

「仲間割れアル」
「こっちでも痴話喧嘩ってのァいただけねえぜィ」
「だからって私にくっついて来んなヨ!」





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