ビーグッド・ベイビー


「本日はお招き有難う御座いま」
「堅苦しい挨拶いいから! 十四郎も金ちゃんも! 早くこっち来て友恵ちゃんの世話して」
「オイオイいきなりコキ使」
「とか言いながら会いたくてしょうがないでしょアンタはもー! いい加減素直になんなさいよガキの頃から天邪鬼なんだから、そんで私が嫁き遅れたのよ」
「いや一回は嫁に行っ」
「あ、なにそれアタシへの言いがかり? 叔母ちゃんはダメって嫌味? あーもうクン付けやめるわ、今まで通りトシって言うわ。一回も嫁に行ったことない私への挑戦だと思っていいよねソノ発言」
「……友恵は?」
「誤魔化すんじゃないよこのクソガキ! トモエ! あれ? この辺に……ベイビーちゃあぁん!」

「あーい」

「お母さん支度するから、その間このお兄さんたちと遊んでてね」

「……いーや」

「友恵ちゃんこんにちは、金時だよ。こっちは十四郎。覚えてる?」

「……」

「無理だろ。ほんの赤ん坊だったんだ、覚えちゃいねーよ」
「えー。きん、だよ? きーん」

「やー!」

「オイこいつ大声苦手なんだから静かにしろ! 俺のことは知ってるか?」
「十四郎のが声デケェ」
「うっせーな! 静かにしろっつってんだ!」


「う、うえ、うえぇぇえ……おがーぢゃあぁあぁぁぁ!!」


「わあ。キレイさっぱりだ」
「チクショウ! テメーもだろ!」
「泣かない泣かない。いいことだろ? お母さん大好きっ子になったんだから」
「まあな」

「ちょっとアンタたち! お宮の予約してんのよ! 七五三できなかったらアンタたちのせいだからね!」
「「へーい」」

「三歳かぁ。早いな」
「俺たちもオッサンだな」
「十四郎はまだキレイだよ?」
「お前が言うとスッゲ嫌味な!」

「あんたたち! イチャイチャしてんじゃないよ!」
「「へーい」」




「ご入学おめでとう御座いま」
「だーかーら! 挨拶はいいから友恵の世話してっつってんでしょ! トシは使えないから金ちゃーん! 友恵の髪結ってやって!」
「はいはーい。こんにちは。どうしたい? 金さんがお姫様みたいにしてあげる」
「……としちゃん」
「ん? 十四郎?」
「としちゃんがいいの」
「はあぁ!? 俺ァ髪の毛結ぶなんぞできねーぞ。金時にやってもらえ」
「としちゃんがいいの……ぐすっ」
「ああっ泣かない泣かない! 入学式の前にお目々腫れちゃったら困るでしょ、今日は俺でガマンして?」
「ぅ……」
「ね。十四郎には金さんが今度までに教えとくから。リボン結んであげる」
「うん」
「オイ勝手なこと言うな、俺はンな細けえこたやんねーからな」
「としちゃん……ぐす、」
「十四郎。友恵ちゃん泣かせたいの」
「う……」
「ちゃんと見てろよ。帰ったら特訓すっから」
「……おー」
「幼稚園のお友達は? 小学校でもみんな一緒?」
「うん。いっぱい」
「そっか。学校でも新しい友達いっぱいできるから、もっと楽しくなるね」
「ほんと……?」
「決まってんだろーが。オメーにゃ友達たくさんできるコトになってんだ」
「そうなの……?」



 そうだよ。
 お前の周りには、お前を大切に思う奴がたくさんいることを忘れるな。
 親や親戚の俺たちだけじゃない。

「これ高杉から」
「まあいつも悪いね。一度連れてくればいいのに」
「や、アイツ家庭的なの苦手だから。チンピラだから」
「アンタに言われたくないだろうよその子も」
「こっちは来島から。なんかキラキラしてんの」
「きゃああ!! キュアキュアムーンじゃなーいあの子大好きよ!」
「あと河上と武市。服だって」
「ちょっと。大丈夫なのムッサイ男二人で女の子の服なんか選んで」
「河上が見張ってたからいいんじゃねーの。岡田はまた食いモンだから持ってこなかったぞ」
「せめて日持ちするものにしてくれればねえ」
「これは伊東。こっちは佐々木。ドーナッツは平気だろ? 今井からな」
「沖田さんとこのミツバちゃんと総悟くんからもお祝いもらったよ」
「マトモなもんだろうな」
「当たり前よ。みんな来ればいいのに……ほんとにありがとうって伝えといて」


 お前は覚えていないだろうけれど。
 遠い場所からお前の幸せを祈る奴らがいる。歳は離れてても、お前の『トモダチ』。

「はーい、できたよ。どう?」
「わあ! キュアキュアムーンみたい!」
「気に入った? 金さんの保育園でもね、女の子はこれ大好きみたい」
「……みんなにこれ、するの?」

「しないよ。友恵ちゃんだけ」



 俺のトモダチは形が変わって、今じゃ離れられないひとになった。
 いや、変わっていないのだろう。俺が気づかなかっただけで。
 金時はいつでも、俺を愛してくれた。
 俺がミツバを諦めたときはさりげなく気を遣ってくれたり。俺にカノジョができたらぷっつり部屋に来なくなったり。高杉に対抗心を燃やしたり。それでも俺の恋愛を、そっと見守ろうとしたり。俺のいちばん近くで、友恵を護ってくれたり。

 俺もずっと、高校のときからずっと金時が好きだったんだ。今ごろやっと気づいた。

 ミツバが金時の看病に来ると聞いたときの苛立ち、金時が俺の部屋に来たがるのをいいことに金時の部屋に近寄らなかったこと……金時の女に鉢合わせるのが怖くて。金時が俺が女とつき合い始めたら俺の部屋に寄り付かなくなったように、いやそれ以上に、俺は誰かが金時を独占しているところを見たくなかったんだ。
 友恵がいなかったら、気づかないままだっただろう大切な気持ち。友恵を護っただけじゃなく、友恵から受け取ったものが多いんだよ、俺たちは。


「十四郎と離れて良かったこともあったんだよ」

 金時がそう言ったことがある。俺は面白くなかった。

「俺の、ホントの親が連れ戻しにきたら嫌だなってずっと思ってたけど。もし見つかっても、会うくらいならいいかなって思えるようになった」
「……そうなのか?」
「まだ知らない人は得意じゃないけどね。もしかしたら俺の生みの親も、友恵ちゃんのお母さんみたいな人かもって思えるから」
「嫌な奴だったら俺が追っ払う」
「そうだな。十四郎がいれば大丈夫な気がする」
「当たり前だ」

 ひとりぼっちになんて、絶対にしてやらないからな。つうか俺がなりたくない。金時がいない日々なんて、もうごめんだ。


 初めての育児で、ベイビーが来たその日から金時だけを信じた。友恵が来たから俺は自分の気持ちに向き合えた。もしかすると金時も、友恵と俺との生活のおかげで俺への垣根(こいつの場合自分で設置してた訳だが)を取っ払ってくれたのかもしれない。

 すべては無意識のうちに、金時を愛してたからこそ。



「金ちゃん、嘘ついたらダメよ」
「うん、嘘つかない」
「ほんと?」

 友恵は半信半疑で金時を見る。まあ、友恵の勘は正しい。
 けどな、俺はその胡散臭ぇ男と一緒に、いっときでもお前の『親』になれたことを誇りに思う。


「……俺ね、友恵ちゃんには嘘ついたことないんだ。ほんとに」


 それを聞くと友恵は笑い、金時も笑った。二人とも天使みたいだった。
 あまりに綺麗で愛おしくて、言葉にならなかった。でも母と叔母は、わかってくれたようだ。
 それだけで、俺は満たされた。



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