ハロー・ベイビー 『頼んだわよ、十四郎』 (イヤだって言わせないくせに) 『明日からでいいから』 (俺の都合は無視かよ) 『カノジョに手伝ってもらいなさいよ』 (気まずいだろがァァァ!? 手伝わすどころかそもそも言えねえよォォォ!?) お袋はしゃべるだけしゃべって電話を切りやがった。勝手なヤツではあったが、これほど勝手とは思わなかった。 妹の子どもを預かれ、だと。 俺にとっては甥だか姪だかだ。どっちかなんて聞いてない。お袋が言わなかったからだ。聞きたくてもしゃべりまくってて口が挟めなかった。 つうか、どっちでもたいして変わりはない。 『生後8か月なのよ。あんまり動かないし夜はちゃんと寝るし。アンタでもできるわよ』 とお袋は断言した。無理だと言い返そうとしたが、間髪入れずにしゃべり出した。間髪入れずにって、この場合正しいのか。 『育児ノイローゼらしくって、アタシんとこに置いて行方不明なのよ。でもアタシはアンタ育てたっきり赤ん坊なんて触ったことないし、こういうのは将来のために若い人がやったほうがためになるでしょ。アンタのカノジョだっていつか子どもの世話するんだし練習だと思ってやったらいいわ』 彼女にゃ言えねえっつーの。ただでさえ嫉妬深いんだ。赤ん坊なんかいたら何を言われるかわかったもんじゃない。イヤ間違った。だいたいわかる。 「迎えになんか行かねーぞ」 俺にできた自己主張といえば、最後の捨て台詞くらいのモンだった。それもあっさり却下されたけど。 『大丈夫。金ちゃんに頼んだから』 金時は翌日、昼頃やってきた。講義がなかったからいいようなものの、俺がいなかったらどうするつもりだったんだコイツは。 「いやぁ。俺の仕事夜からだし。それまで預かってようと思ってた」 金時はホストだ。 幼馴染みで、高校まで一緒だったけど大学に行かずホストになった。未成年のうちは黒服だって言い張ってたけど、成人した途端に売れっ子になるわけがない。絶対やってただろ、おまえ。 俺は大学に進んで、おそらく平均的な生活を送ってる。でも、金時とはなんやかんやで連絡を取り合ってて、夜昼逆転の生活にもかかわらずたまに遊んだりしてる。 ただ、俺に彼女が出来てからは遠慮してんのか、あんま会おうとしなかったけど。 「メールしたじゃん。昼頃行っていい?って」 「そりゃそうだけど」 「いいって返ってきたからさぁ。居るんだろうと思ったんだけど。この後予定あんなら、夜まで俺が見てようか?」 「……」 金時は俺としゃべりながら、赤ん坊を抱いて顔を覗き込んでいる。ねー、おまえも金さんといたい?なんて話しかけたりして。 「やけに慣れてるな」 「んー? 黒服んときに、ホステスさんの子ども預かったりしてたからかなぁ」 「はぁ……」 「可愛いじゃん。ちびっ子って」 そう言いながら金時は、あ、オムツ変えとこうねーとうしろ兄ちゃんにも教えとかないとね、と言った。 「待て。まてまてまて!」 「なに?」 「おおお、男か?」 「いや。女の子」 「ええええええ!?」 「ウンコのときは気をつけろよ」 「何に!?」 「しっかり拭かないと。ワレメに入っ……」 「言うなアァァァ!!」 「バッカ。十四郎兄ちゃんは馬鹿でちゅねー」 金時は手早くオムツを拡げ、赤ん坊の尻の下に差し込むと、躊躇いなく濡れたほうを剥がした。 『お尻拭き』なるものを軽やかに取り出し、冷たかったでちゅねー、キレイにしようね、とか言いながら手早く拭き取り、新しいのを履かせた。 「見てた? こんなかんじ」 「無理。無理ムリムリムリ!」 「おまえな。だったら引き受けんなよ」 「じゃあ聞くけど! なんでおまえ俺の母ちゃんから赤ん坊預かってきたよ!?」 「……電話」 「だったらわかるだろ!?」 「おばちゃん相変わらずだもんなぁ……俺のトークも効かない、つうかトークできねーもんな」 「だろ!? 俺はやるなんてひと言も言ってねェんだぞ!?」 「でもおばさん、『迎えになんか行かねーぞ!』って言ってたから連れてけばいいと思うって」 「それしか言う暇がなかったんだ!」 「『俺は預からない』のほうが短くね?」 「……」 金時は腕の中の赤ん坊に笑いかけた。 「押しつけっこみたいなことしてごめんね。十四郎兄ちゃんは照れ屋さんなんだよー」 「誰が!?」 「ねえ? 女の子の前で『俺は世話できない』なんて失礼だよねー、こんなにかわいいのに」 「ーーーッ!」 「十四郎。赤ん坊だって俺たちの会話聞いてるんだぜ」 赤ん坊を見てるから、一瞬おれに話しかけてるって気づかなかった。 「オムツ変えて、飯食わせて、遊んでやるんだよ。この子は一人じゃ生きられないんだから」 「……」 「気の使いどころが、大人と少し違うだけ。一人でできないことが多いだけ」 「……」 「本人の前で、面倒見たくねえなんて言うな」 金時の髪を引っ張ってご機嫌な赤ん坊を、恐る恐る覗いてみた。 乳臭くて、柔らかそうな頬にふわふわの産毛が生えてて、 (かわいい、かもしんねえ) 金時は笑って、抱っこしてみる?と言った。俺は妙に緊張しつつ、金時の腕から赤ん坊を受け取った。 柔らかくて、あったかい。 「ウギャアァァァーーー!!」 「あらら、十四郎兄ちゃんたら抱っこが下手くそでちゅねー」 目次TOPへ |