9 土方式幼児教育・番外2


 侍だったこともあった。
 高校教師と生徒だったり、ホストだったり、同級生だったり、幼馴染みだったり。とにかく何度も巡り合った。
 そして、必ず好きになった。

 けれど必ず別れはやってきた。先に死ぬのは大概向こうで、決まってごめん、と笑うのだった。それは不慮の事故だったり寿命だったり、戦死だったり、どんな状況でもその人は笑っていた。
 おまえは生きろよ、と。


 それらを思い出したのは、自分が最後に死んだときだった。
 生き続ければきっとまた逢える。だが、また必ず別れがくる。別れを厭うなら、出会わなければいい。
 その選択肢を与えられたとき、諦めに似た気持ちで後者を選んだのをよく覚えている。
 
 代わりに与えられた仕事は、今を生きる人間が、ほんの少し生きやすくなるための手伝いだった。
 いつの間にか顔見知りが周りに集まった。自分の知る年恰好だったのは偶然だったのか、そもそも自分が知る彼らだったのかもわからない。いつか聞いてみようと思いつつ、彼らにもそれぞれ役割があり、入れ違ったり時間がなかったり、聞きそびれている。

 聞く勇気がないのかも、しれない。

 それぞれの彼らから、それぞれの自分とあの男のことを聞くのが怖かったから。
 どの自分も彼を亡くして取り乱しただろうか。もしかして、彼が生き残ったこともあったのではないだろうか。そして、その彼は自分とは違って、案外あっさりと次の伴侶を見つけていたりして。


 そんなに思い詰めるとかえってよくないですよ、と山崎が忠告したが、聞けなかった。だから、気づけなかった。彼らが『担当』する人物を、自分も見知っていることに。

 次はあの子を『担当』するようにと命じられ、我が目を疑った。
 銀色の癖毛、真っ赤な瞳。親を亡くし、義母に甘えたくてもぐっと堪えて素知らぬ顔をする強さと、弱さ。
 また、会った。
 今度は死に別れることはない。この幼い命を、決まった時間だけ護り切りさえすれば。今度の生はせめて、茨の道を進みませんように。
 大切に、大切に育ててきたつもりだった。



『大きくなったら、俺が土方を守るから』



 出会った頃は小さくて、愛らしいばかりだった子ども。それが、気づけば小さな身体で必死に自分を包み込もうとしていた。
 ああ、どんな姿になっても、この男は。

 きっとこの男は自分が死んだ後、自分の何倍、何十倍も苦しみ、悲しんでくれたのだろうと確信した。自分と同じ条件を示されたとしても、何度でも生を受け、探そうとしてくれただろう。
 片や自分は、逃げた。死に別れるのが辛くて、もう別れるのはたくさんだと思って、出会うことさえ諦めた。
 この子どもは、もう子どもではない。
 今度は自分とではなく、別の誰かと、幸せにならなければ。
 自分が生を手離した、その見返りを忘れないうちに。

 その男の元を去ろうと決めた。




「落ち着いたか、トシ」

 近藤が声を掛けてくれて、飲みに出掛けた。
 アンタはどのアンタなんだ、と聞いたら笑われた。

「だってトシもいろんなトシのこと知ってるんだろ。俺たちも同じよ」

 当たり前だった。
 彼らがどの段階で生を繰り返すのをやめたのか、それはわからない。だが少なくとも自分と共にあったことは、彼らの記憶に残っているはずだった。

「あいつは、まだ頑張ってるけどな」

 近藤は徳利を傾け、二つの猪口に注ぎ足した。近藤は大人の女性『担当』だから、珈琲カップより酒を飲む機会のほうが多いのかもしれない。

「それよりトシ、ザキに言われなかったか? あんまり思い詰めるなって」

 そんな気もする。だが生憎覚えていなかった。ここへ来てからは、別のことで頭がいっぱいだったから。

「考えて考えて、考え過ぎると夢に出てくるだろ? それと同じ、かな。俺たちは、考え過ぎると向こうに行っちまう」
「?」
「あいつの担当になっただろ。そんな偶然」

 あるわけないじゃん。
 近藤はカラカラと笑った。相変わらずあいつが大好きなんだな、トシは。俺も一回お妙さん『担当』になってさあ。びっくりしたよ。


 息が詰まった。
 そういうことだったのか。

 じゃあ俺のしたことはなんだ。ただ逃げて、あいつを置き去りにして、遠くで幸せを祈ろうとしたりして。
 あいつが本当に幸せになれるのは、


『絶対探す。これで最後なんて許さねえ』



「あいつが俺を見つけたら、どうなる」

 土方の涙には気づかない振りをしてやろうと近藤は思った。まったく、いつのお前も変わらず頑固で不器用なんだから。

「さあ。けど喜ぶと思うよ、坂田は」


――土方、おまえは生きろよ


 約束、破ったけど許してくれるか。


「ぎんとき」


 ああ、できることならもう一度、



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