7 土方、謝る


 銀時は教室に座っていた。

 放課後。目の前には先生が二人。それだけ。
 さっきほけんのせんせいがきた。

「折れていましたが、幸い乳歯だったので」

 あいつ、歯が折れたんだな、とわかった。いい気味だ。でもスッキリしない。

「坂田くん、どういうことだかわかる」

 女の先生は怒っているのに、それを隠そうとしている。男の先生は今のところ何も言わない。こっちはあいつのせんせいだから、おれのみかたはしないだろう。

 ガラガラッ、と教室の扉が勢いよく開いた。
 髪の毛を跳ね散らかした土方が、瞳孔全開、鬼の形相で立っていた。

「銀時イィィィィィィ!!」
「ごめんなさいイィィィィ!」



 土方はまず、先生たちに丁寧に頭を下げた。そして、申し訳ありません、と言った。
 先生たちは土方を知っている。綾乃の代わりに銀時の教育係として雇われている『ベビーシッター』だと。そうでなければ他人の子を傷つけたというのに、若い雇い人がこの場に出てくることを許さないだろう。
 
 それもあるけど、と銀時は密かに思う。

 せんせいだって、ひじかたがコワイんじゃね?

 女の先生は黙ってしまった。
 代わりに銀時の正面には土方が座っている。もう慣れたけど、恐ろしい顔だ。

「テメーがやったこと。全部言え」
「隣のクラスのヤツ、殴った」
「どこを。どうやって」
「まず、脚蹴ってやった」
「殴っただけじゃねえじゃねえか。そんで?」
「やり返してきたから……」
「テメーのしたことだけ言え」
「……倒れたから、上から顔面殴った」
「何回」
「二回……」

 とてもまともに顔が見られない。土方の髪の毛がぶわっと逆立ったみたいに見えた。思わず俯くと、顔を上げろと叱られた。

「で、理由は?」
「……え、」
「そんな、とんでもねえことやらかした理由は?」
「……」
「ねえのか、言えねえのか」
「忘れた」
「そうか。じゃあ全面的にテメーが悪いな」

 さすがにこれァ綾乃さんに来てもらわないと、と土方が呟く。銀時は慌てた。

「かあちゃんには関係ない!」
「テメーにゃなくても怪我した子にゃあ関係大ありなんだ。俺の頭下げたって足りねえよ」
「土方が……?」
「俺じゃない。綾乃さんだ」
「ダメだ!」

 銀時は立ち上がった。それだけは止めないと。駆け出す銀時を土方の片腕が簡単に押さえ込む。

「なーんだ。逃げんのか」
「違う! おれ、かあちゃんに謝ってくる!」
「まだ、俺が聞きてえことが残ってる」
「……ッ、」
「どうして殴った?」




『おまえのかあちゃん、シワシワだ』
『だまれ』
『ばあちゃんみたい。化けもんみたいだし』
『うるせェ』
『さかたのかあちゃんシワシワー』
『さかたのかあちゃん、ばあちゃんー』
『だまれっつってんだろーが!』

 言えない。
 自分もそう思ったことなんて。
 入学式の日、あんなに我儘を言ってせっかく来てもらったのに、他の母親と比べてしまったことなんて。だから余計に腹が立ったなんて。
 土方には、知られたくない。いや、誰にも。

「ちょっと待て! あ、ひじかた来てんのか」
「高杉くん!? あなたたち、勝手に入って来たらいけません!」
「銀時はおかあさんの悪口を言われたから怒っただけだ。あれはしつこかったな」
「桂くん!」
「ワシらのいないとこでちょこまかと、まっことヒキョウなヤツぜよ」
「坂本くん、」

 土方はじっと銀時を見据える。
 銀時は顔を上げられない。
 そんな、カッコいいことなかったんだ。やめてくれ、おれはそんなカッコいいヤツじゃない。

 先生たちは、納得したようだった。どうやら殴られた側の行ないを知った上で、銀時から聞き取りたかったらしい。どうしてそんなことを。ほうっておいてくれればいいのに。


 「じゃあウチの銀時は、後で私と一緒にそちらのお子さんのお宅へお詫びに伺わせます」


 土方は銀時から目を移し、教師二人を見た。二人が頷いたのは、話が終わったからというより土方の眼光に耐えられなくなったからかもしれない。しかし土方はあくまで礼儀正しかった。いずれにせよ他人を傷つけたことは反省させます、お騒がせして申し訳ありませんでした。きっちり頭を下げたあと、高杉たちにも微笑む。

「お前ら、情報ありがとうな」


 いたたまれないのは銀時だけだった。
 手を繋ぐ気にもなれず、土方の後ろをとぼとぼ歩いた。
 土方が戻ってきて、ぐいっと銀時の手を取った。思わず引っ込めそうになるのを強く握られた。

「綾乃さんには言えねえな」
「……」
「やらかしたことだけは、報告するけどよ」
「……」
「テメーのかあちゃんは世界一強ェぞ」
「え、」
「テメーが自分のせいで呼び出し喰らったなんて知ったら、そのガキは親ごと吹っ飛ばしちまうぜ。おっかねーから俺ァ全部は報告しねえ」
「ひじかた、」
「テメーのほんとの反省なんぞ耳に入れたら、綾乃さんは自分も焼き払っちまいそうだから」

 だから、と土方は銀時を見ず、前だけを見て続けた。


「テメーの今日の罰は、そいつを綾乃さんに言わないことだ」


 どうしてだろう。
 それはとても辛いことだった。

 ぜんぶしょうじきにはなしてあやまれば、おとなはゆるしてくれるのに。
 土方はいったらいけない、という。
 そのほうが、つらい。
 かあちゃんに、ごめんなさいっていいたい。
 でも、どうして?っていわれたら、おれはぜんぶはなさなきゃいけない。
 あなたがほかのかあちゃんより、としとっているのがはずかしかった、と。
 そんなことはいえない。
 だまっていれば、わからない。わからないから、しらんかおしておけばいいのに。むねがいたい。


「これを我慢するのが、罰ってこと?」

 土方は、そうだ、と言った。
 それから土方は、迷うことなく真っ直ぐに怪我した子の家に行った(銀時でさえ家を知らなかったのに、だ)。そして丁寧に詫びた。銀時は何も言わずに済んだ。相手の親は長々と嫌味を言ったが、土方はじっと頭を下げたままだった。

 帰り道、土方は「たまにはいいだろ」と言ってコンビニで棒アイスを買ってくれた。二人並んで、食べながら歩いた。

「土方、行儀悪い」
「馬鹿。正しい作法だけ知ってりゃいいんだ」
「……」
「筋は通せ。そんだけだ」

 土方の手が銀時の髪を、くしゃくしゃになるまで撫で回す。
 全部知ってるのに、こうして優しくしてもらえる。土方は必ず自分を守ってくれる。

「土方、ごめん」
「なにがだ」
「いっぱい、謝ってもらったから」
「ハッ、俺の頭下げりゃ済むなら、安いモンだ」
「土方は悪くないのに、」
「ガキが余計な気ィ遣うんじゃねえ」
「大きくなったら、俺が土方を守るから」
「……」


 土方は黙ってしまった。だから銀時はもうひとつの言葉を言いそびれた。


(『ウチの銀時』って言ってくれて、嬉しかった。ありがとう)


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