6 土方、宿題を見る


「なにジロジロ見てんだ。行儀悪ィぞ」

 土方が不機嫌そうに言った。まだ新聞は持っていないから、遮る物がない。

「土方がどうやって新聞持ってくるか、見てんの」

 今日こそ見てやろうと、銀時は瞬きを堪えて土方を見つめる。ふん、と土方は鼻で笑った。

「今日は読まねえ」
「えええ!?」
「食事中に大声出すんじゃねえ」
「だって! 一回も見たことないんだもん!」
「見世物じゃねえからな」

 だったら、と土方の珈琲カップに目を向ける。だが土方は一度飲み終わったあと、手をつけない。

「おかわりしないの」
「何をだ」
「珈琲! わかってるくせに」
「気分じゃねえ」
「でもさ! いつもすぐ……」

 言いかけて銀時ははたと困る。
 カップが注いでいるんだろうか。珈琲が湧き出てくるんだろうか。
 土方はその隙に、ごちそうさま、と言ってしまった。

「ずりィ!」
「だから何がだ。だいたい食べるの遅すぎんぞ。食事中は余所見すんな」
「ちぇ。土方の意地悪」

 小学生になってから、増えたような気がする。
 前はいちいち言葉にする前に、わかってくれたのに。銀時本人よりもわかっていることもあったのに。
 土方は瞳孔の開いた目で銀時を見た。

「終わったら宿題だろうが」

 銀時は慌てて残りの皿を平らげた。



 土方は宿題を教えてはくれない。
 黙って銀時が課題をこなしていくのを見守っている。
 時折笑いを堪えている気配を感じるが、振り向くといつもの仏頂面だったりする。
 この顔で笑えるんだろうか。イヤイヤ無理だろ。じゃあ今笑ったのは誰だ。声は土方だったけど。

「今日さ、」

 土方に背を向けて、せっせと漢字練習帳に書き込みながら銀時は声を出してみた。

「黙ってやれ」
「土方の『ひじ』習ったよ」

 ちょうど『土』を書いているときだったから見てほしかったのだ。
 だが土方はついに噴き出した。
 銀時はムッとして、授業で書いたノートを見せるべく土方のほうに体を向け直した。
 今度は腹を抱えて笑っている土方を見られた。

「でもさ、せんせい『つち』と『ど』しか教えてくんねーの。だから『ひじ』って読むだろって言ったら笑われた」
「ああ、それは普通の読み方じゃねえからな」
「ふつうって?」
「『土』と『方』が揃わねえと『ひじかた』とは読めねえんだ、だからそれ」

 ノートには『たんご』と書き、その横に並べて『土かた』と自信たっぷりに書いた。それを指して土方は言う。

「大人にゃァ読みにくいんだよ。合ってるっちゃァ合ってるけどな」

 ほかにあんだろうが、土ようびとか、土せいとか。
 銀時は怒りを通り越して泣きたくなった。土方の名前が、やっと漢字でかけるようになったと思ったのに。せっかく土方みたいな大人に近づけたと思ったのに。

「銀時?」
「……なんでもねえ」

 机に向き直り、『たんご』を書き直そうとする。
 でも、けせない。土かたのなまえをけすなんて、おれはしたくない。
 ぽとぽと、とノートに涙が落ちた。
 驚いた土方が前に回って銀時の顔を覗き込むと、銀時はノートに突っ伏した。

「うわあァァァん……土方のばか!」
「馬鹿はテメーだよったく……」

 ノート汚れんぞ、と愛想の欠片もない言い方でドリルも教科書も銀時の下から引っ張り出した。銀時は見ていなかったが、土方が空いた手のひらを宙に差し出すと、誰かが投げたかのようにふかふかのタオルが土方の手に飛び込んできた。
 土方は銀時の髪を撫で、腕と顔の隙間にタオルを滑り込ませた。

「俺の名前なんてすぐ書けるようになるから、泣くな」
「ぐずっ、ホント?」
「一年生でも書けるぜ。最後の一文字はチッと難しいかもな」
「うぅ……書けねえじゃん」
「『銀時』よりは簡単だぞ」

 銀の癖毛を土方の指がゆっくりと梳いてくれる。気持ちが良くて、銀時はもうしばらく泣いている振りをしてやろうと思った。

「そんなんで泣いたふりしやがって、みえみえなんだよ。この甘ったれクソガキが」


 やっぱり土方は気づいてくれた。
 安心した途端に照れくさくてたまらなくなり、銀時は長いこと机にくっついて土方を困らせた。


 土方、と書けるのはいつの日か。
 待ち遠しくてたまらない銀時の後ろで、土方はひっそりと睫毛を伏せた。
 すべてが書けるようになるその日までは、どうかこの家にいられますように。

 土方はひとり、祈るべきひとに祈るのだった。



※土方は通常幼稚園児までが担当なので、宿題の教え方がイマイチわかりません。もちろん、代わりに解けと言われたら超難問もサラサラ。



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