5 土方式幼児教育・番外 入学式は全部出られないんだよ、と養母は困ったように言った。 来てほしいと言っていいのだと、卒園式で知った。来てほしい。銀時にとっては、母親なのだから。 だが銀時はぐっと堪えた。邪魔にならないように。 いいよ、だいじょうぶ。さみしくないよといってあげれば、かあちゃんはあんしんするだろう。それでいいんだ。 「馬鹿。少しは学習しろ」 土方が背中を押した。 「テメーが遠慮したからって綾乃さんが喜ぶと思うのか」 大好きな土方の大きな手に押されて、銀時は恐る恐る声を出した。 「あの、さ……すこしだけ、こられない?」 綾乃が驚いて、次に嬉しそうに目を細めるのを見た。 「ありがとうよ。そうさね、途中までなら何とかするよ」 銀時の胸にも、綾乃のあったかい気持ちが流れ込んできた。言ってよかったと、銀時は思った。 「え……、それは」 土方は困惑した。 集合写真までいられるかいられないか。そんな頃合だと綾乃は言うのだ。 「卒園式には遠慮してもらっといてなんだけど……銀時もあんたなら喜ぶだろうと思うんだよ」 「肉親代行は職務範囲外です」 「私だって肉親ってわけじゃないのは知ってるだろう? それに私にとっちゃあんたも息子みたいな気がしてさ」 「……」 「じゃあ、私が抜けた後。頼めないかい」 土方は俯く。 嬉しくないわけではない。 だが、写真は困る。 形になる物を、残したくなかった。 「銀時様が大切にしている物を、ご存じですか」 土方には遠回しな言い方しかできない。規定だからだ。 「初めてあなたに会った日に、あなたが買ったいちごのクッション。あなたが見立てたランドセル。小さいスーツ」 「それから、あんたに教わった紳士の心さね」 綾乃は穏やかに笑う。 「悪かったね。最初はどんなチンピラかと思ったもんだったけど、私の目も曇ったもんだよ」 「……」 「遠慮しないでおくれ。今度こそ」 「……考えさせていただきます」 銀時の寝室をそっと開けると、真新しいランドセルに、卒園式で着た小さなスーツがベッドのすぐそばにきちんと片付けられていた。 「テメーにゃ遠慮すんなっつっといて自分がこれじゃ、ざまァねえな銀時」 銀時の寝顔にむかってそっと語りかける。 こんなはずではなかった。 情が移るような真似はしなかったはずなのに。肉親との間に割って入ることは、謹んできたのに。 卒園証書を一緒に受け取ってほしいと言われて、嬉しかった。怒鳴りつけなければ本心が漏れてしまいそうなほど愛おしかった。自分のような大人になりたいと言うのを聞いて、嬉しかったけれど寂しかった。 生まれつき銀色で、少し癖のある髪を撫でるのが好きだ。紅い瞳で見上げられるのが好きだ。 本人は傷つくから、まだ言えないけれど。 その稀有な色彩が誇れるようになるまでは、まだ。 「なーんて思うってこたァ潮時じゃありやせんかィ」 窓の外から土方に話しかける影がいる。土方は密かに、ぐっと拳を握った。 「まだだ。まだこいつはガキだ」 「へえ。珍しいですねィ、アンタが入れ込むなんて」 「いつもと変わらねえだろうが」 「そうですかねぇ。そろそろ俺に引き継いでくれやせん? 近所のステキなお兄さんポジションでいくんで」 「ふざけんな。誰がテメーなんぞに引き継ぐか」 土方は窓の外を睨みつける。 「帰れ、総悟。とっつぁんにどやされんぞ」 「おおコワ。引き上げまさァ、ベビー担当さん」 「……」 「ほどほどにしなせェよ。困るのは、アンタですぜ」 ふ、とその姿は消えた。 土方は銀時の枕元に肘をつく。 そんなことはない。 こんなガキ、まだベビーの部で充分だ。 まだ俺の管轄だ。今は、まだ。 初めて会った日よりも幾分大きくなった手のひらに、そっと自分のを重ねる。それを額に押し当てると、銀時はもごもごと何かを言って笑った。 「申し訳ございません、写真撮影はお断りいたします。でも銀時様のお迎えでしたら」 翌朝、いつも通りの仏頂面をぴくりとも動かさず、土方は宣言した。 「教室前でお待ちしております」 記念に残る物は、肉親と共に。 自分は記憶に残ったら、それでいい。 綾乃は土方の強情をよく知っている。諦めて笑い、わかったよと言った。 「我が子の記念撮影くらい、なんとかしないわけにゃいかないね」 土方は答えず、ただ営業用の笑顔を口元に浮かべただけだった。 前へ/次へ 目次TOPへ |