雨で濡れれば


 梅雨が近づくにつれ、銀時の寝起きがどんどん悪くなった。
 普段なら朝だいたい同じ場所でバッタリ会うのに、会わなくなった。そしてギリギリになって血相変えて教室に飛び込んでくる。
 ついに遅刻するに及んで、銀時は『起こしてくれ』と俺に頼んできた。そこで俺が家を出る前に電話してやったが、銀時はその瞬間まで爆睡してたから間に合わなかった。仕方ないから俺が朝飯を食うときにメールした。銀時は気づかず寝続けた。
 もうほんとしょうがねえな、とひとしきり文句を言って、翌日からは俺が起きたらすぐ電話することにした。しばらくは上手くいったが、また遅刻してきた。

「や……、二度寝しちゃってさ」

 どういうことだと問い詰めたら、やっと白状した。
 どんだけ寝たいんだ。つうか前日何時に寝てんだ。

「10時ごろ。もう眠くて起きてらんない」

 じゃあ、起きたらシャワーでも浴びろ。

「えー……頭爆発すんだよね、朝風呂って。それはちょっと」

 なら……、そんなら、

「くそっ、俺のスケジュールは動かしたくなかったのに」
「?」
「テメーんちまで行ってやる! 俺が行くまでに飯食って出かけられるようにしとけ!」
「ま、マジで!?」

 ここまでやったんだから何が何でも遅刻させねえ。俺の苦労が無駄になる。朝練の日は銀時も早登校させてやる。教室で机に突っ伏して寝てろ。それなら遅刻はしないだろ。
 と、説教を含めて言い聞かせたのに坂田はいつになく目を輝かせて、口元をだらしなく弛めている。大丈夫かコイツ。
――まあ、そんな顔も好きなんだけど。





 帰りに銀時んちに寄って、宿題と予習を二人でして、休憩に……あああ、あいつが悪いんだぞ!? 不意打ちで腕引かれて、あれ、アレだ、気づいたら銀時の腕ン中に閉じ込められてて、イヤ抵抗はしたぞ!? けどなんか、その、力入ンねーんだよ!!
 その後はなんやかんやでいろいろあって、銀時が眠くなったとか言うから帰った。あの野郎ガッつきやがって! 足ガクガクしたんだぞ!

 というようなことを繰り返し、俺は疲れてきた。主に体が。疲れてきたんだからしょうがない。男には男の、疲れたときの生理現象ってものがある。
 疲れマ……なんとかってヤツだ。
 その頃には銀時もキチンと朝起きられるようになっていたので、そろそろ元に戻さないかと提案してみた。朝の迎えはナシの方向で。朝早く起きるために、銀時はヤケに焦って放課後に勉強だの部屋の片付けだのをして、なぜか俺も手伝わされる。勉強はまだ理解できるけど、なんで片付け? そんで坂田家で夕食をご馳走になり(銀時を迎えに来る礼だとおばさんは言ってた)、銀時の部屋に戻って勉強の続きをして、なんやかんやであいつが眠くなり、俺帰るってローテーなわけだ。自力で起きられるようになったのなら、自力でこのローテーを守り、俺は家で夕飯を食い、そのまま自分のベッドに直行してもいいのではないか。

 と言ったら銀時はええっ!?と叫んで仰け反った。大袈裟な。

「ダメ。ダメダメダメ。一人じゃ絶対無理」
「小学生かテメーは」
「十四郎は俺の生活の一部になっちゃったから。ほんと無理」
「アホか。ほんの半月前まで遅刻とはいえ自力で生活してただろ」
「もう遠い過去の話だよ! どうやって生きてたか忘れた」
「どんだけ忘れやすいんだよ!? おばさんに起こしてもらえよ」
「ダメダメ、もっとダメ! かーちゃん起こしてくんないもの! 起こすって、起きるまで起こし続けるのが起こすってことだろ? かーちゃんたら俺が寝てんのに『起こしたのに起きない!』って逆ギレすんだぜ!?」
「逆ギレじゃねーよ!? 正しいキレ方だよ!」
「とにかくダメ! 迎えに来て」
「……じゃあ朝は付き合うから、放課後は俺を解放しろ」
「拉致監禁した覚えないけど?」
「そうじゃねえよ!? 言葉の綾だろ!」


 ――話は通じなかった。

 ていうか、本気で『放課後は解散』と思えなかったところに俺の敗因がある。
 途中でうっかり想像しちまったんだ、『もしも銀時と会わずに真っ直ぐ家に帰ったら』って。
 それはなんか嫌だ。朝しか銀時と話せないし、朝はあの野郎アタマ回ってないし、放課後のほうが、なんか落ち着く。なんかって何だか知らないけど。
 だいたい俺は……銀時にあんなにアレされて、足ガクガクで帰ってるっつーのに、その……一人になるとアレなんだ。呆け老人て言ったヤツ誰だ! そんなん明け透けに言えるか! わかるだろだいたい!
 つまり、その、……俺は朝シャワー派なんで、夜は風呂とか入んねーんだけど、かと言って家族が共同で使うトイレを占領するのもどうかと思うし……、必然的に、部屋で、一人で……

(ああ、なんでこんなことしてんだ俺は)

 下半身が疼く。疲れ過ぎてんだ。さっきまであんなに……銀時に、アレだったのに。まだ足りないのかって自分でも呆れるんだが、ダメだ。
 そっとパンツを下ろす。なんでこんな……ギンギンなんだ。疲れた。寝たい。でも眠れない。コレを何とかしないと安眠できない。

「あ、」

 銀時にいろいろされた後だから、敏感になってる。銀時のせいだ絶対。元からなんてあり得ないから。断じてないから。親がいきなりドア開けることは良くあるから、声は完璧に堪えないとマズイ。見た目も、万が一のときにすぐさま撤収できるようにしとかないとヤバイ。
 そんなこんなの雑念があるせいか、キモチイのになかなか終われない。断じて銀時とホニャララし過ぎたとかじゃないから。全くもって違うから。あいつ全然関係ないから。
 さっきあいつにここを触られた。ここだけじゃない。

「んっ…ふぅ」

 こっちも。女でもないのにこんなとこでヨくなるなんて、恥ずかしくて死にたいと思ったこともあったけど、男でもそういうヤツはいるんだって銀時が必死で言うからそんなもんかって思い直した。騙されてないから。絶対言いくるめられたりしてないから。大丈夫だから。

「はっ……ん、」

 キモチイイ。あいつ他にどこ触ったっけ。あ、ここも、

「んっ、ぅ、ぁ」

 キモチイきもちい気持ちイイ。違うから。銀時に開発されたとかそんなんじゃないから。元から気持ちイとこだったから。絶対ないから。

「って、チクショォォオ! 邪魔すんな糞天パァァア!」

 なんなんだあの野郎は。どうしてくれんだ。なんだって俺のプライベートタイムまで邪魔してくんだ。テメーがチラついてイクもんもイケねーだろがァァア!?
 ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。俺はこんなんなのに明日の朝あいつはのうのうと俺に起こされて俺のお陰で学校に間に合って俺のお陰で授業中当てられてもスラスラ答えられて俺のお陰で次の日の予習も課題もなんなら復習もできて、


 俺のお陰でスッキリして寝るんだ。


(起きろよ……何とかしてくれ)

 メールしたってこんな夜中に起きるはずがない。電話はさすがに憚られる。銀時。ぎんとき。

――たすけて

『ん、もしもし? どした?』

 銀時の声だ。ぎんときだ、ぎんとき

『十四郎? どうした、こんな時間に』
「そんなでも、ないだろ」
『イヤ俺明日に備えて寝てるから。十四郎待たせたら嫌だし。でも大丈夫だよ、明日は頑張るから。どしたの? 何かあった?』

 何か? あったよ。ありましたとも。
 でもなんて言えばいい。ていうかどうすればいい。

『具合悪い? 息が』
「……ちがう、」
『無理すんなよ。俺明日だけなら頑張るから』
「そうじゃ、なくて」
『だって! 辛そうじゃん』
「ツラい……」
『だろ! 熱? 風邪かな?』
「風邪、じゃない……っ」

 触って。自分じゃイケない。銀時がいい。ぎんときに、さわられて、

「イキたい……ッ」
『へっ』
「あっ、ち、ちがう……ぜんぜんっちがう、からっ、ぜったいにッ、ぁ、かんけーねっ、から! はっ、んんっ! だんじて、ぁ……ぎんッ」
『おぉ』
「あっダメだッダメ、ダメっ! 切って! 電話きって、」


『イけ。とうしろう』


 ヤバい。ヤバいヤバいヤバい


「んっ、あぁッ!」

 嘘だろ。
 ウソだろーーーーッ!!
 誰かァァア!?
 嘘だこれは何かの間違いだ違うんだそうじゃなくて関係ないんだ断じて銀時の声がとかそんなんじゃないから、全然違うから関係ないからちょっと待て俺はどうしたかったんだなんでコイツは図ったように電話なんかしてきたんだ俺はメールをしたのかそうなのか、だとしても違うからコイツに命令されたからとかじゃないから元々イきそうだったしイきそうってなんだ俺は何をしていた


「寝ろォォオ!! 明日休むーーーッ!」






 〜翌朝。

「十四郎ー。坂田くん迎えにきたわよー」
「……」
「ひーじかた。ガッコ行こ。大丈夫だから。な?」
「あら何かあったの?」
「何でもねえよォォほっとけよォォォォオ!!」






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銀さん一転。
「ずーっと梅雨が続けばいいのに!」





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