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 銀さんが帰ってきた。
 前触れもなく、もちろん詫びのひと言もなく、ある日万事屋に行ったら普通にいた。
 神楽ちゃんが喜んでいるので深く追求するのはやめた。それに銀さんはきっと経緯を語ったりしないだろうけど、つつけば罪悪感ではち切れそうな人を一人知っている。だからそのうちそっちに聞けばいいやと思っている。
 とにかく、万事屋がやっと揃った。
 これでまた、始められる。
 万事屋は三人と一匹でひとつなのだから。



 十四郎は頑なに部屋を引き払いたがった。
 お前の居るべき場所は万事屋だと、その一点張り。まあ俺もそこに異論はない。
 でも、それはちょっと悲しいじゃないか。やっと双方の気持ちを確かめて、間違いなく想い合ってるとわかった途端に離れ離れになるなんて。
 駄々を捏ねたら少し考え直したらしく、一カ月伸ばしてくれた。
 だから俺たちはその一カ月、片時も離れずに暮らした。

 新生真選組は昔ほど忙しくはないようで、近藤は快く十四郎にひと月の休暇を与えた。昔の土方なら休暇なんて半日だって我慢ならなかっただろうに、今の十四郎は素直に喜んで、その一カ月をすべて俺に費やしてくれた。
 おかげでやっと、無理な我慢を強いずに十四郎を抱くことができた。やってみてから最初のセックスを振り返ると、どれほどの苦痛を強いたかと思い至りゾッとする。俺は確かにあの時すでにこのひとを愛してはいたが、俺自身を憐れみすぎてもいた。俺の存在自体が危ういものだから、土方にぶら下がることでなんとか存在意義を見出そうという、小狡いことも一方で考えてもいたのだ。だからセックスも決して優しくはなかっただろう。辛く当たったつもりもなかったが、十四郎のためにするセックスではなかったのは間違いない。
 後ろを解く間に十四郎は二回達した。一度目は訳がわからず、コントロールも効かなかったようだが中を弄っているうちに快感の逃し方を覚えたらしい。俺の首に腕を回し、それは幸せそうに微笑んだ。

『ぎんとき、』

 このときだけは、十四郎は俺を名前で呼ぶ。ちゃんと呼んでくれる。

『ここにいる』
『ぎんとき。ぎん、とき、ッ、あ』
『イく?』
『やっ、やめんな、あ、あっも、ダメ、イく、イきそ、ね、ぎんっ……』
『いいよ。イけ』
『やだっ、ゆびじゃ、や、も、ほし、』『それは、まだ』
『なんでっほしい、たの、あっ、あっ、あ………ッ、ぎ、ん……き、』

 びく、びく、と十四郎の身体が痙攣する。何度見ても惚れ惚れする。キツく閉じられた瞼がやがて持ち上がり、灰青色の瞳が姿を現わすところも、何度見ても声を上げそうになるほど美しい。
 ゆっくりと溶かし、十四郎の唇からもはや泣き言しか溢れなくなったのを確かめてから、俺は十四郎の中に侵入する。
 それは俺たちにとって、この世でいちばんしあわせな時間だ。


 セックスばかりではなく、二人で遊びにも行った。昔の真選組だったら暗殺に備えなければ危なくて連れ出せなかったような場所にも、この頃ではそこそこのマークで良いらしい。それでも俺は不安で仕方なくて、つい気配を消して辺りを探ったりしては十四郎に呆れられたりもした。
 飯は作れと催促されることが多かった。新八と神楽にはさんざん作って食わせていたから気づかなかったが、そういえば昔は真選組の土方を万事屋の夕食に招くような関係ではなかったから、十四郎にとっては物珍しいのだろう。

『それだけじゃねえ。普通に美味い』

 と十四郎はご満悦だが、新八も神楽もだいぶ飽きてるよ。お前もいずれ飽きるんだよ、と言ったら少し拗ねてしまった。飽きるほど食った新八たちが羨ましいらしい。
 飯と言えばおばちゃんの店は無事だったんだな、俺あれから一回も行けてねえんだよ、と言ったら十四郎が固まった。

『知ってる』

 短く、俯きがちな答えが気になって顔を追ったら、泣きそうになっていた。

『どうした』
『……なんでもねえ』

 なんでもないはずがあるか、バカ。
 それでも十四郎からヒントはもらえそうにないから、一生懸命考えてみる。
 最後に十四郎とあの店に行ったのは、忘れもしない。忘れられる訳がない。
 真選組が江戸を去る前日のことだった。

 あの日俺は十四郎に、俺の血と肉を食わせた。たとえ俺が死んでも、十四郎の中で生き続けられるように。
 十四郎も俺に自分の丼を食わせた。どういう意味があったのか、まだ聞いたことはない。同じような思いだっただろうか。
 いや、少なくともあのときの十四郎――土方は、俺が江戸に残るのだと信じていた。俺は見送る側だった。だから土方は俺に、特別に、
 そうだ。あれを、俺は、

「十四郎」

 きょとん、と十四郎は無邪気に振り返る。

「なんだ、どうした」
「俺、おれさ、あのとき、」
「あのとき? どのときだ、なんの話だ」

 あのとき、江戸を離れることだけを知らされ、行き先も、期間も、何も分からなかった。
 ただヒントだけは与えられた。
 この酒をお前が飲み終わったころ、帰ってくる、と。
 俺は怖くて飲めなかった。飲み終わっても帰ってこなかったら。二度と帰ってこなかったら。
 ああ、恐ろしさのあまり、俺は記憶からあの存在を抹消したのだ。
 そして今やっと、十四郎の恐怖を実感した。
 俺は二度と戻らないつもりで万事屋を捨てた。
 図らずも帰ってきて、戦を生き延びたが江戸に居着けなかった。
 その上、江戸どころか地球を出ようととした。
 このひとは、その一つひとつに心を痛め悲しみ、泣きながら、それでも正面から向き合ってくれたのだ。
 ああ、間違いなく萩で俺と再会したのは偶然ではない。このひとは、真選組を投げ打って、俺を探しに来てくれた。

「十四郎。おれは、」



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