12-2


『抱いてくれ。俺を』

 涙に塞がれた喉から、必死の懇願が確かに聞こえた。
 思わず土方の背を抱く腕に力が籠もった。

「イヤじゃねえの……?」

 決死の覚悟が必要な行為では本来ない。土方が男で受け身であることを引いても、この覚悟は重過ぎる。
 そんなに気が進まないことを無理強いするつもりはないけれど、好いた相手の体温を腕に感じてしまえば欲が高まるのも自然の摂理というもので。
 情けなくも決定を先延ばしにするために俺が発した問いに、土方はきっぱりと頷いた。

「嫌だって……俺、一度でもッ、言っ、たかよっ」
「……」

 言ったよ。忘れちまったか。
 お前は嫌がったんだよ。俺に触られるのを。
 なあ、お前はなんで俺を受け入れた?
 俺は、お前だけはわかってくれると思ってた。今でも思ってる。
 俺がずっと、新しく生まれ変わりつつあるこの街を受け入れられなかったことを。弾き出されたような気になって、一人で拗ねて不貞腐れていたことを。他の奴らもあるいはわかっていたのかもしれない。だからやたらと声を掛けてきて、いい加減拗ねるのはよせと宥めていたのかもしれない。
 お前は、ただそこにいてくれた。
 お前だけが昔と変わらない気がして、俺はお前に縋ってやっとこの世に自分を繋ぎとめる有様だった。
 でも、もう終いだ。俺は俺の足で立つよ。
 そうしたら、もう俺は要らないか?

「嫌になったら、ちゃんと言え。約束しろ」

 土方は俺の首にしがみついたまま、小さく頷いた。



 なんだかものすごく久しぶりな気がする。
 そもそも改めて土方の身体をまじまじと見るのは初めてかもしれない。少なくとも素面で抱くのは初めてだ。
 灯りは消さなかった。土方も何も言わなかった。薄明るい部屋の中、色宿とは程遠い所帯じみた狭い布団の上で、土方の肌を暴いていく。曝け出された素肌の健康的な艶に、欲が湧いて止まらない。せめてすべて取り去った姿を見てから、とかぶりつきたくなる我が身をどうにか抑え込む。

「……やっぱり、綺麗だ」

 余すところなく曝け出した土方の身体を隅から隅まで目に焼き付けた。土方は困って目を伏せる。その睫毛の一本までが愛おしい。
 思わず指で触れると、瞬きして不思議そうに俺を見上げた。瞳の色も奇跡のように美しいと思う。

「……キレイなのは、おまえのほうだ」

 不意に、土方が口を開いた。
 一瞬理解できなくてまごついていると、土方はそっと口許を緩めて手を上げ、俺の目元に触れた。

「ずっと思ってた。こんなキレイな紅、見たことねえって……この髪も、」

 指は目元から髪に移り、ふわふわと弄んでははにかんだように微笑むのだ。

「嫌いじゃねえ……いや、好きだ」

 幸せそうに細められた目は、すぐに歪んで涙を零す。急いで唇を押し付けて吸っても、後から後から、惜しげもなく、

「どうした」
「ちが……嫌とか、そんなんじゃねえぞ、そうじゃ、なくッ」
「土方」
「もう、見んな」

 涙を隠すためか、土方は自分から唇を近づけてきた。
 唇が重なる。その隙間から舌が伸びてきて、そっとこちらの隙間に滑り込む。開けてやると遠慮がちに侵入してきたものの、そこで挫けてしまって戸惑い立ち竦んでしまう。モテ男って言われてなかったっけ。なんだか初心で、そんなところも愛しくてならない。
 きゅっ、と舌を根本から吸ってやると、身体ごとびく、と反応した。しばらくは舌を舐り、それから上顎を舐め、頬の内側をつつき、歯列に沿って丁寧に舐め上げると、息継ぎも上手くできなくなってしまったらしい。とろり、と蕩けた顔になる。
 息が詰まっては可哀想だと唇を離せば、慌てたように瞼が開いて唇を差し出してくる。もっと、と。声に出さずとも聞こえてきそうだ。
 これなら本当に大丈夫かもしれない。
 でも、ならばこの涙はなんだ。
 見かけによらず案外涙脆いのは知っているし、そのきっかけが余人には計り知れないことも知っている。だが違う。きっかけは確かにあった。それがなんだかわからない。
 唇にはひとつ、短いキスをして首筋に唇を滑らせる。あ、と小さな声が上がった。それからほう、と満足げなため息。まだ大丈夫。
 鎖骨、胸筋、そして剥き出しの乳首。
 ん、ん、と声を堪えた声が出てしまって、それがまだ可愛らしい。正真正銘の男の低音なのだが、どんな声よりも愛らしく聞こえるから不思議だ。乳首を舌で転がすとびくっと身を竦めた。少しは感じるようになってくれたかと安堵する。初めの頃はうんともすんとも反応がなかったのに。
 それなら、と腹の下へと手を伸ばす。そこはきちんと反応を示していて、気遣いという名の演技ではないとわかる。

「ん……っ?」
「待って。ローション」
「いらね……っ」
「ダメだってば。傷つけちまう」
「ちが……必要、ね」
「土方!」
「……そうじゃねえ」

 土方の腕に突然引き寄せられる。土方の顔が俺の肩に埋まっていた。

「もう、充分……ぬ、ぬれ、てんだろ、おれ、」

 顔を隠したまま手を引かれ土方のものに導かれる。そこは確かに蜜で蕩けていて、土方が恥ずかしがるのがよくわかる状態にはなっていたけれど、

「ビッショビショに感じてくれたのは嬉しいけど、ダメ。ちゃんと潤滑剤も使うから」
「!」
「俺が心配で動けねえだろ? 俺のためだと思って。な?」

 そういえばこういう言い方をしたことはなかったな、と思いながら土方の真っ赤な耳にそっと吹き込む。しばらくして、お前のためならしょうがねえな、と生真面目な声がして、俺が身動きしやすいようにと身体を避けてくれた。健気過ぎる。

「そんなんしなくていい。しがみついてろ」

 強引に抱き寄せて、片腕に抱いたまま記憶を頼りに枕元を探る。布団を出したときに一緒に用意したはず。
 首尾よく見つけたものの興奮しすぎて上手く蓋が開かなかったり、土方が俺のブツにちょっかい出してきてますます手元が狂ったり、少しばかりハプニングはあったけれど。

「嫌だったら、ほんとにちゃんと言えよ?」

 ここで引っかかったのだ、この前は。
 ローションは手のひらで温めた。意を決して土方の肌に触れる。人肌とはいえ違和感はあるだろう。果てして土方は息を飲んで身を竦めた。

「大丈夫……?」
「だいじょぶ、だっ、いや、て、いってな……ぁ、」
「ここ触るよ?」
「いちいち言う、な、ッ」

 本来の用途ではないところに指で触れるたびに、土方の身体に不自然な力が入る。可哀想だがその様子が実は艶めかしくて、手を止めてやれない。
 入り口に円を描くように触れ、呼吸を見計らって指を一本滑り込ませる。あっ、と小さな悲鳴が上がった。

「痛い?」
「ちが……いたく、ね……っ」
「ほんと?」
「うそ、いうと、おもっ……あ、あっ」
「嘘言うと思ってるよ。辛くても我慢する嘘」

 それがいちばんの気がかりなのだ。 だから先に進めないというのに。
 土方は蕩けた目で俺を見上げた。そして懸命に微笑む。

「やくそく、しただろ」

 だから、お前の好きにしていい。してほしいんだ、と。
 嘘つき。それだってお前の優しい嘘じゃないのか。
 お前に縋ろうとした俺を守る、優しい嘘。
 もう俺はどうしていいかわからない。俺の好きにして本当にいいのか。してほしいというのは本当なのか。
 試しに指を少しだけ奥に進める。あっ、と土方の身体がしなる。この前のところだ。この前もここで、

「これ、いや?」
「あっ、あ、あっ!? や、じゃなっ、ひあ、」
「きもちい?」
「きもちっ、き、もち、あっ」

 土方の手が俺を離れてシーツを探る。俺の指の動きに合わせるように、ひくひくと全身が痙攣する。それを堪えるのか、両手がキツくシーツを握る。
 本当は抱きついてほしい。
 でも、こうして身を攀じる土方の、なんと美しいことか。

「あっ、あ、へん……っ、なんかっ、くる」
「ひじかた」
「〜〜〜も、へんなるッ、……ッも、――っ」
「ひじかた……ッ」

 口許が引き結ばれて、すぐに閉じられる。きもちいい、のだろうか。
 この美しさは、今だけは全部俺のものだ。
 未来永劫なんて言わない。
 今だけ。今だけでいい。

 思わずもう片方の腕で土方の頭をかき抱いた。今だけでいいからすべてを俺の手の中に閉じ込めたかった。俺の腕の中で逝けばいい。一度でいい。絶頂に届けばいい。

「……ん、……っ」
「?」
「ぎ、……き、」

 捉えたひとを手離す惜しさに勝る驚きがあった。
 思わず身体を離して、そのひとの顔を見つめる。もはや絶頂に届きつつあるひとは無意識に唇を動かしていた。
 ゆっくりと横に引かれ、すぐに閉じられる。
 その後は、いつもなら腕に隠されて見たことはなかった。
 再びかすかに開き、またゆっくりと横に。

「ぎ、ん……と、き」

 なんだ。
 そうだったのか。
 俺は、お前の何を見ていたんだろう。
 ずっと、お前は呼んでくれていたのか。
 俺の名前を。
 屋号でもなく。照れ隠しのあだ名でもなく。

「とうしろう」
「ぎん……ッ、あ、あ、くる、イク、あああっも、ダメ」
「ダメじゃねえだろ」

 やっとわかった。


「好きだから。ちゃんと好きだから、安心してイけ。十四郎」


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