6 幽霊でも見たような顔で、土方は何度も俺の顔を見直した。珍しく土方のほうから手に触れたりもした。俺は内心首を傾げる。 「どした」 「いや。すまねえ」 「何が?」 「……いろいろ」 今日は早く来たせいか、土方の隣は空いていた。久しぶりに隣り合って飲む気がする。 「俺、引っ越すわ」 と言ったら土方はびく、と大袈裟に肩を揺らした。 「――どこに」 「まだ決まってねえけど」 「なんで」 「狭いし、神楽もあれで女だし」 「そんなの今更だろう」 「もう一緒に住める年頃でもねえから」 「じゃああっちを追い出せッ、なんでテメェが、」 「……?」 「家主はテメェだろう! 何やってんだッ」 「ちょ、」 いきなり過ぎる激昂に、店の中が静まり返る。いつも周りの空気を読む奴なのに何がツボだったのか。まだ怒鳴り続けようとするから慌てて口を押さえた。 「オイオイほかのお客が迷惑してんだろ。落ち着け」 「〜〜〜ッ、――っ!」 「どうしたよ。ったく……親父悪ィ」 土方を引っ張って、来たばかりの店を出る。口を押さえて腕を引いて、なんだか人攫いみたいな気分になってくる。 「どったの。二人っきりでゆっくり話せるトコ行く?」 言ってから、これは不味かったと反省する。これでは本当に人攫いだ。それも性質の悪い拐かしだ。 この前はいろいろ上手くいかなくて、土方を泣かせてしまった。あの土方が涙を流すほどに辛かったのだろう。何が、かはわからない。でも、しばらくは抱き合うのは控えようと思っていた矢先だったのに。 土方は目を大きく瞠って、息を飲んだ。 手のひらの下で、土方の唇が動く。柔らかな感触にホッと安堵してしまう。が、我に返る。何か言いたいのだろう。 手を外すと、驚愕に固まった土方の顔が露わになった。 「ホントどした。今日、変だぞ」 「……まだ、いけるのか」 「? なにが?」 「いや……でも、それなら」 「?」 いつもの冷静な土方に少しだけ戻ったようだ。土方は小さく咳払いした。 「住むとこの目星はついてんのか」 「え、まだだけど」 「金は。身元保証はテメェのことだから要らねえかもしれねえが」 「金はねえなァ。これから貯めるわ」 「俺の名前使っていいぞ」 「…………え、」 ライターを擦る聞き慣れた音がした。 耳を疑って改めて土方を見直す。特に変わった様子はない。見慣れた仕草でゆっくりと煙を吐き出している。でも。 「そんならすぐ借りられんだろ」 「……でも、金」 「俺の名前だからな。俺が出すのが筋だろうよ」 「え、でも、」 「屯所が手狭になってな。ちょうど通いを推奨しようとしてたとこだった。俺もたまにそっちに帰れば、ギリギリ俺の名義ってことで通るだろう」 「や、そうだけど、でも」 「嫌なら好きにしろ」 「そりゃ、全然嫌じゃねえ……嫌じゃねえわ、うん」 そうか、と土方は事務的に答えた。条件はあるかと聞かれて、首を横に振るしかなかった。正直なところ、心の準備がまだできていない。なんの準備が必要なのかもわかっていない。だから、条件など思いつかない。 「なら候補挙がったらテメェも見に来い。確認したら、正式に契約する」 「や、俺は何でもいいよ」 「住んでから文句言っても遅ェぞ。テメェのほうが長く居ることになるんだ、見て確認しとけ」 「……おう」 本当は、ひとつだけ願いがある。 近くなったはずが遠く感じる理由。 (お前、全然俺のこと呼ばねえよな) 前はもう少し、何かがあった。 万事屋とか、クソ天パとか。何かしら、俺を指す言葉があったはずだ。 まったく出てこない。 二人で差し向かいだから呼ぶ必要がないと言われればそうかもしれないが、何かが違う。 どうして呼んでくれなくなったのだろう。 それでも俺のために便宜を図ってくれるのだから、 (好かれてる、ってのは、間違ってねえよな) そう信じようとすればするほど言い知れぬ不安が湧いてきて、飲み込まれそうだ。 前へ/次へ 目次TOPへ |