「ここ、切れちまうだろ。ばい菌入ったら後が辛えぞ」

 優しげな顔で、男は主張する。いやだ。そんなに優しくしないでほしい。もう痛いのだ。だからせめて身体の痛みでこの痛みを忘れたいのに。

「いいから、」

 早くお前の目的を果たせ。お前はお前のしたいように欲を昇華すればいい。なぜ俺の身体を選んだのか。その理由はわからないが、お前に求められる間は喜んで差し出そう。そしていらなくなったら無様に追い縋ったりしない。きっと、聞き分けよく身を引くから。
 だから、好きなだけ好きなように俺を抱け。

 そんなふうに説明できたらいいのに、俺は黙ったままでいる。
 そんな説明をわざわざしたら、あいつの重荷になりそうな気がして。
 俺の身体に執心している間は、きっとこの街に居続けてくれるだろう。どうすれば長く執心するだろうかといえば、あいつの快感をできる限り引き出してやるくらいしか、俺は思いつかなかった。

「いいから、はやく」

 早くお前の好きにしろ。俺の身体なんて気遣うな。

「だめだよ。お前が辛くなるんだから」
「ッんなの、いいって言っ、あ!?」
「ん、ここ?」

 嬉しそうな笑顔。蕩けた瞳の奥に、暖かなものが見えた気がした。
 つい、口許が緩む。溢れてしまう。慌てて腕で顔を隠す。違う。これは、俺に向けた暖かさではない。
 自分に言い聞かせようとするのに、今日は男の指がそれを阻む。意識が持っていかれる。集中できなくなる。

「や、め、あっ!?」
「キモチイでしょ、いいから任せとけって」
「ちが、あっ、なん、やめ、んあ」

 早くやめさせなければ。俺のことなんてどうでもいい、お前さえ良ければそれでいいのに。

「なに、それ、やめ、ふあ、やだ」

 口が上手く動かない。ろくに言葉も紡げない。

「やめ……ッあ、あ、待っ、うあ」

 変だ。なんだこれは、

「も、やめ、それ、やだ、頼、あっ、あっ」

 おかしくなる。おかしくなる、

「待っ、も、」
「イきそ?」
「!?」
「きもちい?」
「ッ、やめろ、」

 やめてくれ、ああやめないで、違うやめてくれ頼むから、
 シーツをきつく掴んでいた手が、大きな手のひらに包まれる。柔らかく握られて、そっと導かれて、それは銀の髪に触れ、男の首筋へと運ばれる。身体が近づいて、男の耳元が俺の頬に触れる。
 急いで男の手の中から自分の手を取り返し、腕を突っ張って身体を遠ざけた。

「――土方?」

 甘い責め苦が去っていく。男が優しく俺の顔を覗き込んでいる。だめだ。それは、駄目なんだ。それだけは。
 指が伸びてきて、俺の目の下を拭う。

「なんで泣くの」
「!」

 喉が痛い。答えようとしてもひくひくと痙攣して上手く声が出ない。目の前は歪んで見えるし、鼻の奥が熱い。

「びっくりした?」
「……」
「いつも俺ばっかりヨくなってるからさ。先にイかしてやろうと思ったんだけど」
「そ、んなの、要らな、」
「なんで」
「……」
「もしかして、ヤりたくねえ?」
「ッ、違う!」

 そうじゃない。
 決して嫌々抱かれてるんじゃない。俺は、望んでいたはずだ。少し思っていたのと違ったけれど、それでもこの男と触れ合えるのは俺の望みだったはずだ。
 でも、もし、もう少しだけ望めるのだとしたら、

(望めるはずがねえ)

 無意味だ。
 お前と、心も通わせたかったなんて。
 そんな望みは無意味だ。

「いいから……いつも通りでいいから」
「慣れねえうちはアレだけどよ。だいぶ慣れてきたみてえだし、もうちょっとお前が気持ちヨく」
「必要ねえ!」

 驚いて丸くなる緋色の瞳。こんなときでも惚れ惚れするほど輝いて見える。馬鹿だな。綺麗なのはお前のほうだ。

「お前は余計なこと考えるな。いつも通りでいい。お前のことだけ考えてろ」
「……土方くん」

 綺麗な瞳が歪んだ。
 しまった。何かを間違った。

「俺そんな酷いことした?」

 でも何を。どう間違ったのか。
 怒りを湛えて黙り込んでしまった男を、何と言えば宥められるのかわからず俺は途方に暮れる。いくら考えてもわからない。ただ無言の時間だけが過ぎていく。
 隠しきれないため息が、男の口から溢れ出た。

「……わかった。もうやめよう」

 男は重々しく死刑宣告をして、俺から離れていった。
 ああ、どうすれば良かったのか。
 何でもするから。
 何もかも差し出すから。
 だから、どうか。
 俺のたったひとつの願いを、叶えてくれ。
 もう、行かないで。
 俺の知らないどこか遠くには、もう二度と。




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