吊り橋効果、とか言うんだっけ。
 不安や恐怖を強く感じる場面を共有すると、人は相手に恋愛感情を抱きやすくなるらしい。局長救出作戦は、まさにそんな場面だった。
 近藤さんは処刑されるはずだった。口封じ、とも言う。そもそも近藤さんが屯所から連行されたとき、立ち会ったのは俺たちではなくあの男ただ一人だった。それから真選組は散り散りになったが、俺が再配属されたのはあの男の膝下だった。
 ずっと、傍にいたのだ。
 一部始終を見ていたはずだ。
 それは今までのような平穏な日常の連続ではなく、明日にも大将が首を落とされてもおかしくない日々だった。その大将を救い出すには新体制に逆らわなければならなかった。今までの闘いとは種類の違う闘いを、必ず勝ち抜く必要があった。
 最初から最後まで、共にあったのはあの男――万事屋、坂田銀時だった。
 戦を仕切るあの男を初めて見た。護るべき者のために振るう剣に変わりはなかった。けれど、今まで見たどの戦いよりも凄惨で、その中にあってあの男の化け物じみた強さはひと際抜きん出ていて、その背中が酷く頼もしかった。今まで江戸で隣り合わせに剣を振るったことは何度もあったのに、黒縄島では並び立てる存在ではなかった。並び立つ必要さえなかった。俺は、あの男に背中を押されたから戦えたのだ。あの男の背中を見ていたから戦えたのだ。
 そんな戦を共に乗り越えたから。
 恋愛感情だとは思っていなかった。ただ、今までよりずっと近くになったような気がした。だから地球を発つ前日、あの男と飯を食った。互いの丼を交換し、相手の血肉となるべきその飯を、自分の腹に納めた。まるであいつの一部を俺の体内に住まわせたような気分だった。遠く離れても、きっと俺はこの男を忘れないだろうと思った。
 問題は、そう思っていたのは俺だけだったということだ。
 なんとなく、あいつも同じ気持ちだろうと信じ込んでいた。だから俺が地球を留守にする間、あいつが俺を思い出すよすがになるように、キープボトルを飲んでいいと言った。折に触れ思い出してくれるといい、なんて浮ついたことを願っていた。それが浮ついた願いだと気づきもしなかった。どんだけ浮かれてたのか。
 心が通じ合ったと信じていた。毛の一本ほどにも疑っていなかった。あの男が江戸から姿を消したとき、俺こそがあいつを連れ戻せる唯一だと思っていた。万事屋の子供たちでさえなく、誰でもないこの俺だと。
 まあ、全然違ったわけだ。
 あっという間に月日は流れていた。真選組が名誉を回復し、俺たちの地位は元に戻った。業務内容は多少変わったが、荒事専門であることに変わりはない。対象が少し変わったことと、俺たち自身の暗殺の心配が、多少減ったことくらいだろうか。
 それで、やっとあの店に足を運ぶ時間ができた。
 正直あの戦火で潰れたんじゃないかと心配はしていたが、奇跡的に同じ場所にあの店はあった。佇まいは少し変わっていたが女主人は昔通り、変わっていなかった。
 俺が残していったボトルも、変わりなかった。
 手もつけていなかったのだ。
 俺はその時初めて、自分の壮大な勘違いに気づいた。吊り橋に釣られたのは俺だけだった。あの男はピクリとも心動かされていなかった。
 ましてや吊り橋から離れたというのに、未だにその銀の髪を見るたびに妙に胸の奥が疼くのは、俺だけだったのだ。
 あの男にとって俺は、その他大勢の中の誰かだった。一方の俺は宇宙でも戦場でも、寝ても覚めてもあの男の背中が目に焼き付いて離れなかったというのに。せっかく地球に戻ってこられて真選組にも復帰できそうなのを蹴って、あの男を追ったというのに。復職して、江戸が復興しつつある中、どことなく所在無さげなあの男を、他人とは違う距離感で見守っていたつもりだったのに。
 なんたる勘違いだったのか。
 もうやめるべきだ。馬鹿みたいに飲み屋の席を空けて待っていてやって、約束もしていないのに必ず姿を現すあの男に、やっぱり一番の理解者は俺だと誇らしく思うことなんて。
 あいつにとってはその他大勢の一人だ。その他大勢が最近あいつに構い過ぎて、あいつは内心うんざりしているようだから、俺だけはそっとしておこう、なんて独りよがりな善意も今日から必要ない。俺の気遣いなんてあいつにとっては鬱陶しい物の中のひとつなのだから。
 忘れよう。だから、忘れてくれ。

「なんで今日は取っといてくんなかったの、隣」

 そっと店を出たつもりが気づかれた。痛いほど強く二の腕を掴まれた。振り返ったら爛々と目を光らせた万事屋が、俺を睨みつけていた。

「たまたまだ。それに、今までだって取っといたわけじゃねえ」
「……ッ、」
「テメェは顔も広いから、誰かしら飲み相手になってもらえんだろ。もう俺を、」

 あてにするな、という言葉は言い損ねた。
 万事屋が、恐ろしい馬鹿力で俺を路地裏に押し込んだからだ。
 なんだ。どうした。どうなってるんだ。
 事態が飲み込めないうちに、男の腕に抱きすくめられる。そして、慌ただしく唇が重ねられた。





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