江戸に帰ってきて、住み慣れた部屋に再び住まうことになった。生きてここに戻れるとは思っていなかった。正直なところ、戻ってきたという実感がない。
 元通りにはなり得ない。高杉は死んだし、松陽はやっぱり死んだ。戦とはそういうものだ。俺は知っていたはずだ。元のかぶき町には戻れない。万事屋にも戻れない。知っていながら捨てた。心地よかった世界を、俺は捨てたはずだった。
 なのにどうしてか、俺はまたここに舞い戻ってきた。

 神楽に部屋を取られたから、と称して俺は毎晩出歩いている。そうでもしないと俺の体が勝手に出て行ってしまいそうなのだ、この街を。俺の中のどこか奥深くに、ここに居着くことを良しとしないものがある。そいつが、早くショバ変えしろと俺をつつくのだ。
 昔、松陽と旅した頃のように。
 ああ、つい最近も松陽とあっちこっち歩き回ったっけ。だから体に染み付いてしまったのかもしれない。いや、もともと染み付いていた習慣が最近の出来事のせいで蘇ってきたというべきか。
 でも、もう放浪生活は許されないらしい。
 こうして夜の街をふらついても、誰かしら俺を見咎めて声をかけてくる。飲んでいけだの寄っていけだの。長谷川さんだって結局マダオのままで、しょっちゅう出喰わしては飲みに誘ってくる。鬱陶しいことこの上ない。わかってる。みんな俺の考えることなんてお見通しなんだろう。そんだけ今の俺はわかりやすく根無し草の顔をしてるんだろう。
 あっちこっちから声をかけられ、引っ張り回されるのは案外くたびれる。そういうのが億劫な日は必ずここへ来る。そうすると、きっとこの男がいるから。

「またテメェか」

 煙草を片手にちびりちびりと酒を舐めるのが、こいつのいつもの飲み方だ。煙草やめたんじゃなかったっけ、と揶揄えば、そりゃ買えなきゃやめる以外手はねえだろ、と不機嫌そうに唸ってたのを思い出す。

「その割にいつも隣空けてんじゃん」

 空席に座りながらホッとしている。まだこの男の隣が塞がっていないことに。適当に注文して、あとは特に話もしない。たまに、新八からこいつの上司に伝言があったりして、そういえば、と口を開くこともある。ヤツは無愛想にそうかと答えて、まただんまりが続く。
 その沈黙が心地よい。心地よいなんて生易しいもんじゃない。ささくれた神経がみるみる鎮まっていくのが実感できる。無闇に探りを入れてくることもなく、気遣われることもない。ただ黙って隣り合っているだけの時間なのに、今の俺には万事屋の寝床よりも心休まる空間なのだ。
 この男こそが、俺を江戸に連れ戻しにきた筆頭だったはずだ。そう聞いた。万事屋を探しに行く、と宣言して真選組を一時とはいえ解散させたという。
 未だに半信半疑だ。だってこの男は、真選組に文字通り命を賭けていた。その命を、まさか俺のために無くしたりしないだろう。それに何より、俺は何も聞いていない。未だ嘗て、この男の口からそれらしいことを聞いたことがない。せいぜい毎回偶然鉢合わせる飲みの席が、偶然なのに必ず一席確保されていることくらいだ。

「土方くん、さ」
「なんだ」
「……いや。仕事、どうよ」
「別に。浪士の襲撃はねえから暇だ」
「そっか」

 きっとこの男は知っている。例えばヅラの行方とか。高杉を連れ帰ってやれなかった俺の後悔とか。そしてきっと、俺がこの街に居心地の悪さを感じていることとか。
 でも、土方は何にも言わない。
 そして時間になると帰っていく。俺が後に残ることもある。先に出ることもある。同時に出て、互いの住処の半ばまで一緒に帰ることもある。どんなパターンでも、土方はあっさり離れていく。それでいて、次の時はちゃんと席を空けて待っていてくれるのだ。

「なんでいつも席一個空けてくれてんの」
「……わざわざ空けてんじゃねえ。たまたまだ」
「その割に必ず空いてんじゃん」
「じゃあ今度は塞いどく」
「今度って。次があることは決定なの」
「知るか。テメェがついてくんだろうが、俺ァ一人で飲んでるだけだ」

 涼しい顔で土方は言う。待っているに違いないのに、決して素直に認めたりしない。
 必ず待っていてくれると、俺は高を括っていた。
 土方の両隣に、赤の他人が座っているのを見るまでは。



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