超難題 夏だ。祭りだ。花火大会だ。 ――金掛かるんだよな、案外。 新八は聞き分け良く我慢してくれるけど神楽は連れてかないと大騒ぎだ。出店の売り子もできるから無収入じゃないけど、神楽に屋台で腹一杯食われた日にゃ、微々たるバイト代なんか吹っ飛ぶ。 土方はこの時期、仕事であまり遊べない。 じゃあ仕事でもするか。今年こそエアコン買えるといいな。 「……それで?」 「エアコンは無理でした。でも神楽に焼きそばめっちゃ食わしてやれたからヨシとする」 「アホかテメェは」 土方くんはため息を吐く。またもや俺はちっちゃくならなければならない。なんでだよ。ちゃんと仕事してんのに。 「何からツッコめばいいかわかんねえが、まずエアコンねえと命が危ねえからな。何はともあれ買え」 「メシより先に!?」 「普通はエアコン買ったって食うに困らねえんだよ! なんだよ屋台の焼きそばって、もっとちゃんとしたモン食わしてやれ」 「毎日焼きそばな訳じゃ……はい。すみません」 「言われるがままに祭のハシゴしてんじゃねえ、少しは我慢てコトを覚えさせろ」 「そんなことしたら神楽にぶん殴られて医療費が……や、なんでもないです。そうします」 「わかればいい」 土方くんは顔をしかめたまま、もう一度俺を頭のてっぺんから足の先までまじまじと見た。ますます俺は小さくなる。が、そろそろタイムリミットだ。いろんな意味で。 「じゃ、そゆことで。もう仕事戻んねえとヤベェから」 「何にもわかってねえじゃねえか! 戻るなよ素直に帰れよ!」 「や、無理っつーかバックれたら命の保証がないっつーか、」 「バカ言ってねえでさっさと帰るぞ、早く断ってこい」 「無理だってば!……ほらアゴ美来たし戻るわ俺、じゃねえやアタシ」 呼び込みしてるところを見廻り中の土方くんに見つかっちゃったのだ。土方の機嫌急降下だ。 職業に貴賎なし。できれば俺も女装のバイトは避けたいが、いちばん手っ取り早く稼げるのはかまっ娘倶楽部なんだ。いちいちバイト探すところから始めてたら夏が終わっちまうし、そうしたら祭りもエアコンも間に合わなくなる。 そこんところが土方にはわからないらしい。そりゃ高給取りのイケメンだもんな。オカマバーで働こうなんて思ったこともねえだろうし、驚くのはわからんでもないけれど。 土方はぐい、と俺の腕を押さえた。逃がさない、とでも言いたげな顔だ。 「店にも出んのか」 「そりゃね。そういう仕事だからね」 「……客、つくのか」 「つかなきゃママにぶっ飛ばされるだろうが」 「………酌とかすんのか」 「するよ? そういう仕事だからね」 「…………何時までだ」 どんどん顔つきが剣呑になってきて、俺が答える前に土方はケータイを取り出し、電話を始めた。二言三言、短く命じるとすぐに切って俺の顔を真っ直ぐ覗き込む。わあイケメン。惚れ直すわ。 「一時間。そんで迎えに来る。帰る用意しとけ」 ――身請けされる遊女ってこんな気分なんだろうか。 西郷ママが簡単に帰してくれるはずはないのに、土方はホントに一時間後に私服で店に乗り込んできて、俺の知らないうちにあっという間に交渉成立させて俺はお役御免になった。日給もちゃんと出た。すげえな真選組副長。折衝だってお手のモンだ。 「なんかよくわかんねえけど……帰れるのか俺」 「そうだって言ってんだろ、早く行くぞ」 「待てよ。帰るんなら衣装も返さなきゃいけねえし、化粧も落」 「いいから。そのまんまでいいことになってるから」 「?」 「ほら早く。あそこのオッサンがさっきからお前のことジロジロ見ててムカつく」 イヤそれ俺を見てるんじゃないよね、お前のことだよね。それか、すげえイケメンに拉致られそうなオカマっていう地獄絵図を、怖いもの見たさでチラ見してるだけだよね。 何を勘違いしたか土方は焦り狂って俺の手をグイグイ引っ張る。アゴ美は苦笑いして手ェ振ってるし、土方の勢いに流されて店を出た。土方は後ろも見ずにどんどん進んで行く。俺の手を引っ張るのは断固としてやめない。 「俺の服、店なんだけど」 「……」 「なあ、さすがに外でこのカッコって恥ずかしいんだけど」 「……」 「聞いてる? バイクも置きっぱだし」 「あとで届けさせる」 「誰にだよ。自分で行くわ」 「……」 「おーい、土方くん?」 するりと路地をひとつ通り抜ける。土方は黙ったまま足を速める。見えてきたのはラブホで、かなり強引に連れ込まれた。 適当な部屋を決めて、土方は無言で俺を押し込んだ。そして扉を閉めるなり首にぎゅうぎゅうしがみついてきた。首締まる。苦しい。 「ぎんとき……ッ」 「ぐええ、ちょ、なに、」 「そのカッコ、他の奴に見せんなっ」 「は? え、は? おいおま、ええええ!?」 やべえ遂に攻守交代を宣言されるか、そうしたらどうやって言いくるめようかなどと考えていた俺は完全に不意を突かれた。 土方くんは俺にしがみついたままおもむろに着物の尻を捲りあげた。 ――パンツがない。 おいお前屯所からかまっ娘倶楽部までノーパンで来たのか。俺の女装ヒトに見せるより悪くないか。 その上この子は、もう、 「ね、ここッ、はやく、さわって」 「へ? ちょ、おま、このまんま歩いてきたの!?」 「なあっ、はやく……!」 お尻の中にはもうローターが入っていて、ウィンウィンとモーター音が漏れている。それも一個じゃないらしくコードが何本もヒラヒラしてる。よく落ちなかったね途中で。下手したら新聞沙汰だよ。真選組副長かぶき町でいきなり産卵。うわあヤダこわい。 「お、女のカッコしたお前見たら、我慢できなくなって……ッ」 「何に?」 「そんなやらしいカッコ! 他の男に見せるとか、う、浮気と変わんねえだろっ」 「ええ……そうなの?」 「じょ、常識で考えろよ! 下は!? ボンテージとか着てんのか」 「あの店健全だからそういうのは」 「マッパに女装なのか!?」 「え? あ、はい」 「へっ」 「へ?」 「変態……ッ」 「……」 俺もう理解できない。 どれが変態なの。女装したこと? 女装で他の男の前に出たこと? それともボンテージ着ないで女装したこと? それは、ノーパンの挙句ローター入れたまんま江戸の街を疾走してくるよりヤバイの? さらにそんなヤバイ行為をした俺に対してハアハアすげえ鼻息で興奮してるキミは、キミ基準ではノーマルなんですか。手汗すごいよ。どうなのそこんとこ。わからなすぎて頭痛くなる。 あ、頭痛いのはツインテールのエクステのせいだなきっと。もう取ろ。何が理解できなくても、大興奮の土方くんが可愛いことは理解して有り余る。もう何も考えずに堪能しよう。 「えっ、取っちゃうのか……可愛いのに」 「お前な。オカマにヤられるってどうよ」 「……ッ、どどどうでもねえ、けど」 「衣装汚すとやべえから脱ぐぞ」 「ええ!? せっかく、あ……っ」 めちゃくちゃ残念そうだが構わず俺は準備万端整えて、ガッツリ土方くんをいただくことにした。 翌日、俺の服と木刀となぜかバイクがかまっ娘の従業員によって万事屋に届けられた。そして昨日の早退がアフター扱いになっていて、当然今日は同伴でくるのよね、的な伝言まで受け取って俺は別の意味の頭痛を堪えることになるのだった。 前へ/次へ 目次TOPへ |