超難問


 土方の剣筋が好きだ。
 剣を抜いて戦う土方は美しい。荒っぽい戦い方だし、例えば柳生一門のようなスマートさはない。だが勝ちだけに執着し、泥沼みたいな戦況の中でも必殺の一撃を狙いすまして繰り出す姿は、どんな洗練された流派の剣筋より美しいと思う。
 そんな美しい土方がアッチ方面ではまるで変態であると、誰が想像するだろうか。


 土方とは最近会えていなかった。忙しいらしく、あっちこっち走り回っているところはよく見かけた。昨日なんか抜刀して軽く斬り合ってた。すぐ取り押さえてたけど。部下にパトカーを呼ばせながら犯人をどつき回す様はまさしく鬼だった。
 でも、そんな土方だからこそ好きなんだ。剣を振るう土方は男の中の男だ。惚れ惚れする。多少えっちのヤり方が独特でも、そんなことはどうでもいいと思える。というか、最近思うんだ。変態ってなんだっけ。
 無理に時間を作って欲しいんじゃない。土方が男らしく剣を振るい、戦う姿を遠くからでも見られるのは幸せなことだと思う。
 ただ、土方に会わない時間が長くなるとわかんなくなってくるんだ。変態とは何か。一般的変態はこの際置いとこう。わかんないのは、土方にとっての変態の定義だ。本人からの説明が聞けないばっかりにその辺がだんだん曖昧になってくるんだ。
 ここ最近はエロ下着で着衣プレイの練習をさせられた。別に着衣プレイはいいよ。でもあいつの場合、着衣プレイは緊縛プレイの前段階だからね。オモチャもなし崩しに復活させられたし、着衣とオモチャで土方くんはヒィヒィ言ってご機嫌だ。
 本人曰く、直接触れたがるのは変態なんだそうだ。あんなヒモみてえな、極度に面積の少ないパンツでも着衣越しカウントされるってのが納得いかなかったけど、どうやらアレは土方なりの気遣いだったらしい。だんだん着物半脱ぎで致すのに移行してきて、この前『次はまた縄使ってみような』って頬染めて言ってたっけ。縄越しなら触られるのは吝かではないらしい。直に触るのは土方にとってはめちゃくちゃ恥ずかしいことらしい。
 そこの境目は俺にはさっぱりわからない。わからないなりに手探りで土方の希望を叶えてきたつもりでいる。でも、基本的にわかってないから新しいコトが発生すると途方に暮れてしまう。
 つまり、今なんだ。

「何だよこれ」

 久しぶりに万事屋に来た土方は、押入れに隠しておいたブツを見て眉を顰めている。

「……鞭、だけど」

 土方はますます難しい顔になる。俺は小さくなっている。自分ちなのに。
 この前SM倶楽部の受付っつー有難くない仕事を渋々引き受けた。報酬が少なくて、向こうも悪いと思ったのかなぜか現物も支給してくれた。心底いらねえのに押し付けられた。新八はともかく神楽に見つかったらエラいことになるから押入れに突っ込んどいたのに、土方くんてば引っ張り出してきたんだよ、勝手に。
 なんで怒られてんの俺。おかしいよね。ヒトんちの押入れ開けるほうが悪いよね。行儀悪い。

「どこから持ってきたこんなの」
「こんなのって、」

 そう言うキミは今日も太めのバイブ持ってきましたよね。そっちはいいのに鞭はダメなの。基準はなんなの。

「何に使う気だ」
「そりゃあ……鞭だし」
「だし? なんだ」
「土方クンのお尻引っぱたこうと思ってさ」

 よくわかんねえけど、直接触られるのが恥ずかしいなら鞭だってアリなんじゃないか。アリどころか喜ぶんじゃないか。
 不機嫌そうなのはポーズとか。それとも、俺が土方の知らないうちにゲットしてきたのが気に入らないのかも。嬉々としてバイブ持ってくるくらいだから、鞭を使うことに抵抗はないと思ってもいいだろう。
 土方を見ると、びっくりしたみたいな顔で鞭を見つめている。それから俺の顔を見て、もう一度鞭に目を戻した。

「おら尻出せ。ヒトんちの押入れ勝手に開けた罰だ」

 鞭くれたヤツに教わった通りに軽く振るってみる。ぴしり、と土方の腰のあたりに鞭が絡みついた。着物の上からだから、そんなに痛々しい音はしていない。どうだ。気に入ったか。好きそうだよな、こういうの。
 と思ったのは一瞬で、みるみる土方の目が潤んでくるのが見えて俺は焦りに焦った。

「ひ、ひじかた!?」
「………いたい」
「ッ、ごめ」

 鞭なんか放り出して土方を抱きしめる。俺の胸に顔を埋めた土方の肩が、かすかに震えていた。

「なんでこんなこと、」
「ごめん。調子に乗った。もうしない」
「嫌い、に、なった?」
「そんなわけねえだろ! 大好きだよ」
「……好きなヤツ叩くなんて」
「ごめん」
「変態だ」
「悪かった」

 初めて見解が一致した。俺は感動さえしていた。
 好きな子を叩くのは変態だ。その通りだ。惚れた相手は大事に抱きしめるもんだ。叩くなんて言語道断。変態のすることだ。俺も心からそう思う。良かった、やっと土方の気持ちに心底同意できた。

「ごめん。悪ふざけが過ぎた」

 震える肩を抱きしめて、耳元で誓う。もう絶対にしない。こんなに愛しい人を冗談でも叩くなんて、どうかしてた。

「鞭も捨てるから。だから安心して」
「えっ」
「?」

 もぞもぞと、土方は俺の胸の中で身じろぎをする。よく見たら耳が真っ赤だ。

「す、捨てるって……どこへ」
「あ? 燃えるゴミの日でいいだろ。ゴミ袋の奥のほうに突っ込んどけばバレな」
「それは危ねえんじゃねえか」
「……?」
「とは言っても俺も屯所に持って帰るわけにもいかねえ。バイブならともかく鞭はまずい」
「バイブとどう違」
「だから元の場所に戻しとけ」
「へ?」

 土方くんは俺の胸からキッパリと顔を上げた。相変わらず涙目だ。涙目というか、

「でも、こ、恋人叩くのは変態だからな」
「……おう」

 おまえ。
 泣いてんじゃなくて、興奮で目ェ潤んでるだけだろ。震えてたのも興奮してたせいだな。
 試しにもう一度抱き寄せたら抵抗された。でもわかっちゃったから銀さん。お前、勃っ(自主規制)。

「変態、だけど、」
「うん」
「俺が、アレだ、なんか……やらかしたら、お、お、お仕置きで使っても、いい」
「うん……」
「お仕置きだけだぞ!?」

 キミ前もお仕置き希望してたよね。あの時はバイブだったけど。
 俺の定義では、お仕置きされたがりは『変態』なんだけどキミ的にはどうなの。鞭は変態でバイブはノーマルなの。その線引きはどういう基準なの。

 顔を赤らめて心なしか息まで荒くしている恋人を腕に、俺はますます混乱に陥る。
 変態とは何か。
 誰か俺に教えてくれないだろうか。


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