やっぱりキミが好き 「やだ!」 土方は、今さら無駄だとは思いつつそれでも言わないわけにはいかなかった。 「男とセックスなんて! 嫌に決まってんだろ!」 「決まってない。俺はシたい」 銀髪の同級生はそれはそれは真顔で、地を這うような声で言うのだ。 「土方好きだから。土方は、嫌い?」 そんな聞き方はずるいと土方は思うのだ。泣きたい。今まで通りの関係ではどうしていけないのか。キスだって不意打ちだった。クリスマスは普通に一緒に遊ぶのだと思っていたらデートだと言われた。周りは違和感なく受け入れた。ああ、あの二人か、と。 高杉なんか河上とつき合うのに、坂田が金魚の糞みたいにくっついてくるのが邪魔だからってわざわざ後押しさえした。その割りに坂田が土方とベタベタすると、邪魔してくる。幼馴染みの特権を振りかざして割り込んでくる。 高杉を邪魔に思う時点で、土方の答えは決まっているようなものだ。 『ちょっと銀時借りてくぜェ? 』 その、上から物を言うやり方が悔しかった。借りてく、という、いかにも親し気な表現も、『銀時』という呼び方も。 それにキスだってデートだって、嫌ではなかった。なかったどころかボーッとなって、キスのときは坂田に支えて貰わなければ足元がフワフワしてしまって、坂田の学ランにしがみついた。デートだから、と念を押されて出掛けた日は、いつもより念入りに歯を磨いたし鏡をチラチラ見るのがやめられなかった。 二人きりになれるのは、心が浮き立つ。それはつまり、そういうことなのだろう。 でも、それとこれとは違うのではないかと土方は思うのだ。 坂田はすでに上半身裸で、ベッドに土方を押し倒している。いつもの座ってするキスとは違う。なんだか怖い。 これはそのつもりなんだろうと思ったとたん、怖くて仕方なくなったのだ。 (怖いなんて) まさか、この自分が。 下級生どころか上級生、卒業生すらひと睨みで黙らせるこの自分が、普段へらへら笑っている坂田を怖がるなんて。 そんなわけないと自分に言い聞かせようとしたが、坂田の大きな手のひらが、土方の頬を大切そうにそうっと撫でるに及んで、怖くて仕方ないと認めないわけにはいかなくなった。 「嫌だ」 情けなくも声が震えた。 「俺が、イヤ?」 坂田はもう一度、優しく問いかけた。相変わらず丁寧に、暖めるように土方の顔を撫でながら。 そうじゃない。 そうじゃないのに、伝わらないのがイヤだ。 嫌いなわけない。でも、セックスなんて、できない。なぜなら怖いから。 土方はひたすら首を横に振った。目が、坂田の紅い瞳に吸い寄せられて離せない。 焦れた坂田が額にキスを落とす。瞼に、頬に。 今までならこれだけで幸せになれたのに。今はその先に続く行為が頭をちらついて、ひとつひとつにビクビクしなくてはならない。 「ごめんね。もう一回聞くよ……俺のこと、嫌いになった?」 違う坂田、そうじゃない。わかって。 「こんな、さ。無理やり押し倒してんのに。嫌いじゃない?」 無理やり押し倒された相手が坂田だったことは、衝撃だった。声も出なかった。シたい、と言われたときは、反射的にイヤだと叫んだ。思わず叫んでから、坂田の傷ついたような顔を見て泣きたくなった。そんな顔をさせるつもりはなかったのに。 坂田のことは嫌いになってない。でも、 (坂田に押し倒されたからショックだったって) 言えない、そんなこと。 それに、おかしいではないか。なら高杉(例)に押し倒されたらショックじゃないのか。河上は? 近藤さんは。 (ふざけんなって言える) 高杉だったら容赦なくぶん殴るし河上だったら相手間違ってるぞって教えてやればいい。たぶん河上は泣くだろう。高杉以外に触るなんてどんな罰ゲームだろう、あいつにとっては。近藤さんは……、悩みを聞いてやればいいんじゃないだろうか。そんな気がする。 なのに、相手が坂田だというだけで恐怖に身体が竦む。 坂田は冗談でこんなことをしないと知ってるから。 殴って止めさせた、その後の冷たい関係が恐ろしいから。 「さかた……さか、た」 みっともなく震える声で、必死で坂田を呼んだ。なあに? と坂田は眉を寄せて土方の顔を覗き込む。 「さかた……、キライじゃない、から」 嫌いじゃないから怯えた自分の姿を見せたくない。 ままごとみたいな関係かもしれないけれど、長く一緒にいたいから恐ろしい。 それを、どうやって伝えたらいいのか。土方は途方に暮れる。そっと手を上げて、坂田の唇を指でなぞってみる。 「ないから、何?」 問い詰めないよう言葉を選んで、声で脅さないようにしているのがよくわかる。土方の表情をひとつも見落とすまいと、瞬きすら我慢していることも。 腹を括らなければならないだろうか。 「さかた、は……?」 「好きだよ。土方が好き」 「……今も?」 「うん。好きすぎて辛い」 「どうして」 「土方、ガッチガチに緊張してる。ごめんね」 見破られていたのか。 フッ、と張り詰めていた糸が緩んだ。途端に涙が止まらなくなった。 慌てる坂田の肩に顔を埋めて泣いた。しゃくりあげたかもしれない。坂田は驚いて、抱きしめて背中を優しく叩いてくれた。それがますます泣けた。 「これ、でも……ッ、キラ、キライ、ひくっ、嫌ッ……ない、か?」 「うん。ごめんね、大好き。泣いてる土方も、びっくりして固まってる土方も大好き」 「お、れっ……、怖、」 「うん。俺も」 「……っ、?」 「土方に辛い思いさせて、嫌われたらどうしようって」 「……ひぐっ、」 「でも、 シたい。他の奴としたくないし。土方とシたい」 「えぐっ、」 「けど今日はやめよ? ごめん。びっくりしただろ」 びっくりしたというよりビビったという言葉がピッタリなのだが、たぶん坂田は言葉を選んでくれているのだろう。それに、大いに驚いた。外れではない。 土方はしばらく坂田の胸に甘えた。坂田がくしゃみをするまで、思い切り分厚い胸に顔を埋めた。半裸だったのを思い出し、掛け布団を掛けてやった。 自分の頭が掛け布団にすっぽり覆われているのをいいことに、土方は坂田の下半身に目を遣った。暗闇に目が慣れてくると、そこが膨らんでいるのがわかった。これは辛いだろうと、自分の経験上想像がつく。 深呼吸を、ふたつ、みっつ。 「さかた……」 「ん。落ち着いた?」 「お前の、抜いてやる……だけでも、いいか?」 とても勇気が要ったのに、坂田はしばらく無言だった。 遂に嫌われたかと、身体を縮めていると掛け布団から引きずり出された。 「ほんとに、いいの?」 坂田の目が、異常にギラついていた。 こんなの見たことない。怯えが戻ってきたけれど、もう撤回はできないとさすがの土方もわかっていた。こく、と頷くと、ごく、と坂田は唾を飲み込んだ。 「じゃあさ、抜きっこしよ」 「えっ」 「あ……怖かったら言ってね」 坂田も取り繕えなくなってきたことに土方は気づけないほど緊張していた。 坂田に触られる。秘所を。自分で触れたことはあるけれど、そういう意図を持った他人に、快感を引き出される。 「い、いい、けど」 「けど?」 「目ェ瞑れよッ」 坂田の首にしがみついて顔を隠した。スウェットの上から坂田の股間に触れる。 (熱い……し、硬い) はぁ、と坂田が耳元に吐息を吹き込む。感じてくれていると思うと少し勇気が出て、そっと手を上下に動かした。ん、と鼻に抜けた声が聞こえる。嬉しい。 (おっきくなった、かも) 「直接さわれる……?」 坂田が囁く。甘く掠れた声が土方の腰を重くする。返事の代わりに手をスウェットのゴムにくぐらせ、坂田のを握った。 「あっ……」 「手、冷たかったか?」 「いや、違くて……」 坂田はやべえ、と呟いた。 大きく息を吸ったと思ったら、土方のジーンズの前を弛め、下着ごとずり下げ、 「あっ、脱がすなっ」 「遅い」 膝まで剥かれていた。耳たぶにちゅっ、とリップ音がして、 「勃ってる。よかった」 そのまま耳を甘噛みされた。 恥ずかしい。なんの刺激もなかったのに。坂田に触れて、声を聞いて、それだけで興奮してしまった。 「ね、指入れていい?」 坂田が囁く。甘い声が脳に直接流し込まれたような気がした。答えられないでいると、焦れたのかねだっているのか、耳を丁寧に舐めしゃぶられる。 「お願い。指だけ」 ぐちゅぐちゅと唾液の絡む音、坂田の囁き、可愛らしいリップ音、 いつの間にか耳を離れて土方の唇を奪いにくる坂田の唇、舌を絡めては軽く吸い、ときおり、ね? と促すずるい視線、 「あ、……んっ」 焦れた坂田は前から指を離し、奥まった処に手を伸ばした。触れられたくないはずの場所を、坂田の指が優しくなぞる。抗議しようにも唇は塞がれ、舌も自由を奪われた。土方にできることはただ、坂田の物を握って坂田の背中にしがみつくだけだ。 坂田は突然指を離した。諦めてくれたのかとホッとしていると、小さくカラカラと何かが回る音がして、 「ひゃ……!」 「冷たかったよね、ごめん」 「あ、ダメだそこっ」 「痛かったら止める。約束する」 「ひ、やだ……」 「俺のもっと触って? キモチイよ土方の手」 さっきの指がヌルリとしたものを纏って戻ってきた。慌てて坂田の物を擦り始める。またもや坂田は満足そうに甘い溜息を吐いた。 「あ、キモチイ……そこ、もっと」 「……ここ?」 「はっ、そう、ソコいい……」 「キモチイ……?」 「気持ちいいよ。十四郎」 ふわっと身体が浮いたような気がした。 たかが名前なのに。 坂田の声で、耳に直接吹き込まれて、手技を褒められて、 初めてキスしたときみたいにフワフワする。 (おれ、坂田がすきだ) 「んあっ! なに……? まっ、やだ」 「入っちゃった。第一関節まで」 「や、やだぁ! こわい、さかた、こわい!」 「大丈夫、無理しないから、ね?」 「やあ! さかた、さかたぁ」 「ここにいるよ、十四郎」 「ね、ヘン、変だっ、ダメダメダメェ! あぁっ」 「変なだけ? 痛くない?」 「ヘン! ムズムズするぅ! やだやだ、さかたぁ」 「銀時って言って」 「ぎんときっ、ぎんとき助けて! ぎん、ぎんときィ! あっ、あっ、なん、で!?」 「どしたの?」 「気持ち悪いのにっ、ムズムズする! あ、や、やだ助けて銀時、ぎんときぎんときぎんときぃ……」 「うわ、ダメだ俺もうイきそっ」 「やっ! ヤダ一緒にイきた……もうソコやだぁ! これっ、これ触ってぎんときィ……」 なんだかいろんなことがいっぺんに起こって訳がわからない。 最後に坂田は土方のと自分のをひとまとめに握り、亀頭を互いに擦り付け合うようにして扱き立てた。土方はしばらく放心していた。痛いくらいキモチヨかった。声を上げてイくのも、イッたあとに痙攣するも初めてだった。 嫌だった尻穴まで許してしまった。しかも、未知の感触に恐怖はあったものの嫌悪感は思ったほどなかった。 さらに。 「へへ、キモチかったー!」 隣で寝転ぶ銀髪の男は、ニヤニヤしっぱなしだ。それもそうだろう。自分だって嬉しかった。 「いっぱい呼んでもらっちゃったー」 「黙れ」 促されるままに彼の名前を連呼して助けまで求めた。怖いと打ち明けたら、大丈夫だと、ここにいると言われた。 安心した。みっともない自分も、弱い自分も、彼は受け入れてくれたようだった。 怠い身体を無理やり動かして、土方は坂田の胸の中で丸くなった。坂田はごく自然に土方を腕に収め、髪を梳いて触れるだけのキスをくれた。 どうやらここは自分の所定位置らしい。 緩む頬を押さえもせず、土方は心地よい眠りについた。 (起きたら『俺も好きだ』って言おう) 前へ/次へ 目次TOPへ |