肝心なのは諦め 坂田銀時は吉田松陽に拾われ、育てられた――とヅラや高杉は思っているに違いない。 でも俺に言わせれば、俺のおかげで松陽は人並みの暮らしができるようになったんじゃないか。俺を拾わなかったら松陽は日常生活すらままならなかった節がある。特に飯。あいつの炊く飯はいつも芯があってボロボロしてたし、魚焼かせれば焦がすか生焼けだし、何にせよ一見まともに見えるんだけどいざ口に入れてみるとイマイチなモンしか出てきた試しがない。 俺だってまともな飯食ってたわけではない。でも松陽と暮らし始め、松陽に連れられて入った飯屋でなんだかいつもと違う飯を食って、それが何度か重なったらいくらガキでも気づく。こいつの飯ヘンじゃね、って。 気づいてからは俺が作るようになった。だいたいのやり方は飯屋のおっさんやおばちゃんに聞いた。あとは見よう見まねだけど何とかなった。松陽が『銀時は器用ですよね、手先が』なんておだてるもんだからいい気になって何度もやってるうちに、俺が作るのが当たり前になった。 なんてことを思い出して現実逃避したくなるくらいには、俺の手先は今でも器用であるらしい。 とっくに成人してそこそこ人生経験積んだと思ってたけど、まさか手先の器用さをこんなことに発揮することになるとは思ってもみなかった。 俺の目の前で愛しの土方くんは、頬を染めて息を荒げている。 「ぎんとき、もっとこっち見ろ」 「うん……」 「なあ、もっと、じっくり、」 土方くんは、亀甲縛りにM字開脚で縛られている。チラリと目を遣ると、土方くんは嬉しそうに笑みを浮かべた。誰だこんな縛り方したの。俺だよ。 つき合ってみて初めて知った。土方くんの性知識はほんの少しだけ特殊だった。オトナのオモチャは必須アイテムじゃないと説得するのは骨だった。一般的なヤり方を主張しても無駄だった。他の奴のヤり方はどうでもよく、他の誰でもない、土方くんの恋人であるところの俺が小道具使いたくないんだ、と言い続けてやっと納得してもらい、オモチャの排除に成功した。したと思っていた。 ある日、土方くんに『カンタン! 初めての亀甲縛り』とかいうタイトルの説明書と縄を渡されるまでは。 『万事屋やってるくらいだから手先も器用だろ。ちょっとやってみろよ』 『誰が? 何を?』 『お前が。亀甲縛りを。俺に』 『……』 『オモチャじゃないぞ。本物だ』 『……』 オモチャって、そういうんじゃない。 キミが持ってきた歴代のオモチャはたしかに全部本物だった。知ってる。でも、俺が言ってんのはそこじゃない。本物の縄だって威張ってるけど、本物って何。捕物に使うって? 知らねえよどうでもいいよ。 どういうわけか土方くんは、俺の手先の器用さに絶大な信頼を置いていた。亀甲縛りくらい当然できるよな、万事屋だもんな、ってキミ万事屋をなんだと思ってるの。 俺も反省するべき点がある。土方に対して『出来ない』と言えなかったんだ。癪に触るというか。できるよな、と言われて反射的に頷いてしまった。あとはガキのころに料理を教わったのと同じだ。店の種類がまるで違うけど。違うけど、ちょっと教わってあとは見よう見まねってとこは昔と変わらない。俺の手先は相変わらず器用だった。困ったことに。 「なあ、綺麗に縛れてるだろ……? もっと見て、じっくり……ッ」 「見た見た」 「あっ、もっと……! はずかし、とこッ、もっと」 「見たってば。もう解いていい?」 「!? イヤだ」 ため息も出やしない。 土方は自力では動けない。胴には亀甲が綺麗に浮き出ているし、右手首を右足首に、左手首を左足首に括りつけられ、体の奥まで晒したまま布団の上に転がっている。俺がやったんだけど。やれやれ。 「じゃあ、触って……?」 不自由な身体をくねらせて、土方くんは期待満々でおねだりする。わかってる。この格好のまま最後までヤりたいんだろ。 でも俺はイヤだ。 だってどこ触っても縄目に邪魔されてゴツゴツするんだもの。俺はもっとじっくり触れたい。好きな子の温もりを、肌の感触を、もっと穏やかに味わいたい。 やらねえからな、と宣言したら土方くんはムッと口を尖らせた。それを横目で見ながら、実はもう諦めている。 きっと来週あたり、俺は土方の望み通りにしてるんだろう。松陽のときだってそうだった。俺は何度も松陽に料理当番を返そうとしたんだ。でも結局諦めた。俺の作った飯を嬉しそうに食う松陽を見てしまっては、作りたくねえと言うのは気が咎めたのだ。それと同じだ。縛られて嬉しそうな土方くんに、もうやらないとは言えない。親がわりのオッサンさえ退けられなかったんだ。ましてや惚れた相手が喜んでるのに、それが多少特殊な性癖であっても、もうやりたくないと宣言するのは勇気がいる。 おっかなびっくり手を出して、縄目に覆われた土方の肌に触れる。土方は声にならない悲鳴を上げて身を震わせた。動くと肌に食い込んで傷になってしまいそうだから、次はもう少し気をつけて縛ってあげることにしよう。 前へ/次へ 目次TOPへ |