日常


 失敗した。斬られた。
 隊士たちの手前、なんでもない顔をして重傷者に緊急車両を譲り、現場の後始末は十番隊に任せて歩いて帰ってきた。屯所まで多少距離がある。大したことはないと思っていたが、斬り合いの興奮が冷めてくると斬られた肩が熱を持っているのがわかる。認めたくないが、痛い。
 失血も少なくない。視界が黄色く染まり、暗くなっていく。貧血だな、と冷静に分析する。

「あらやだフクチョーさん、飲み過ぎ……」

 よく知った声の気もするが、違う気もする。なんだこの作り声。キモイ。ぞわぞわする。

「じゃねえな。おい」

 視界は暗転寸前で、今自分の腕を取って身体を支えたのが何者かもわからない。

「パトカーくれえあんだろうが。何やってんだバカ」

 耳もよく聞こえなくなった。感覚が全体的に鈍い。肩の痛みもぼやけてきたし、目はほとんど役に立たない。やべえなこりゃ。

「救急車呼べねえの」
「化粧くさい」
「は?」
「くさい」
「土方くん」
「寝る」
「おい、ちょっ……」

 五感はほとんど役に立たないけれど、かすかに感じるこの体温はよく知っている。匂いが違うのが気に入らない。この匂い、嫌いだ。目が覚めたら文句言おう。
 ともかく、安心した。
 だから今は手放してしまおう。
 無理やり繋いできた意識を。


「おいおいこんな血まみれなのに、なんつー顔してんだおめーは」

 安心しきった顔で失神してしまった土方を支え、銀時はわずかに顔を顰めた。
 致命傷ではない。それはひと目でわかる。刀傷よりも、ここに至るまでの疲労にやられたのだろうと想像がつく。

「何やってんだ、ったく」

 銀時は腕の中の土方を見下ろし、ひとつため息をつく。
 思わず口から出たぼやきは、土方へのものなのか、それとも自分へなのか。自分でもよくわからない。
 いくら気心知れた仲になったとはいえ、いや、なったからこそ、女装の自分を見せたくなかった。見られたからには笑いに変えてしまえと思ったのだが。
 自分の場違いさ加減にいたたまれなくなる。
 化粧くさいだって。
 それどころじゃないだろうに。
 わずかな感覚だけで銀時を認識してくれたのは嬉しいけれど。
 女物の香水は意識的に強くつけてきた。土方が命を張っていた間、こちらは呑気な非日常を演出することに知恵を絞っていたなんて。
 本当にいたたまれない。

 バイト用の衣装にはべっとりと血がついていた。これでは今日は仕事にならないだろう。どこで討入りがあったか知らないが、屯所まではまだ距離がある。
 銀時は回れ右をした。土方を抱えたまま、かまっ娘倶楽部に背を向けて我が家への道を辿り始める。ママは激怒するだろうが、知ったこっちゃない。ちょっとコワイけど。
 身体を張って戦ってきた恋人が目を覚ますまでに、せめていつもの匂いを纏って傍についていようと心に決めながら。


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パー子と
負傷した土方くんが
道端でばったり遭遇
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