やがて哀しき


 笛と太鼓の音が鳴る。遠くに神輿が進んで行く。熱い空気が肌にまとわりつく。
 隣の万事屋は、浴衣姿だ。いつもと違って明るい紺の生地に、深緑の帯がよく映える。

 非番ならせっかくだから二人で行こうと誘われた。夏祭りは概ね警護に駆り出されて休みなど取れなかったが、今日は局長が指揮を執ることになっている。
 仕事を忘れることなど今までなかったけれど、二人で過ごしたいと思う相手ができたのだから、たまにはこんな時間があってもいい。
 男二人で何をするわけでもない。腹が減ったら適当に屋台で買って、相手が女でないのをいいことに、気を遣うこともなく行儀悪く歩きながら食う。着物が多少汚れたって気にしないし、風体の怪しいチンピラに絡まれないよう気をつける必要もない。
 何も考えず、ただ好いた男の横を歩く。空気は水分と熱をたっぷり含んでいて快適とは言えないのに、それにさえなんだか心が浮き立つ。
 神輿に近づくごとに、人混みが酷くなる。すぐ隣にいる男の声が聞こえにくくなって、互いに大声を出さないと会話が成り立たない。面倒で、それでいて可笑しくて、わけもなく笑えてくる。

「迷子になったらシメーだかんな。ぼやっとすんなよ」
「テメェの爆発頭ァ目印にすりゃいいんだろ、余裕で見つかるわ」
「爆発してないからね、そんなに目立ってないから」

 万事屋も笑っている。その顔を見るたびに、胸が妙に疼いて仕方がない。
 不意に手を掴まれ、引き寄せられる。驚いて振り解こうとするのに、馬鹿力な男はビクともしない。

「見られたっていいよ」

 俺の無言の抗議を、万事屋はまるで眼中にないような顔で一人答える。

「祭りの日くらい、手ェ繋ぎてえもの」

 アホか、といつものように罵ろうにも、口許が緩んで悪態すら出てこない。バカみたいに心臓は鳴るし、きゅうきゅうと胸が締めつけられる。
 ぎゅっ、と握り返すと、万事屋はそっと横目で俺を見て、ふふ、とだらしなく顔を綻ばせた。その笑顔に、また胸が熱くなる。
 こんな時間を過ごす日が来るとは、思いもしなかった。
 そしてきっと、こんな時間は二度と来ない。

 剣を抜く右手を塞がれてもこんなに無防備でいられる、刹那の刻。鳴り響く笛と太鼓の音、あたりに響く神輿の掛け声。晴れの日の賑わいは、浮かれれば浮かれるほど儚い。

 来年も一緒に来ような、と言う男は、自分でも同じ日が再び来ると思ってはいまい。今日は二度と来ない。だからこそ今日は輝かしい。
 そうだな、と答えながら、涙が溢れそうになった。


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