変わらぬ日々


 マヨネーズ取ってくれ、と土方が言う。
 オムライスが食べたいと言うから作ってやったのに、ふわふわの卵の上にかけるのはケチャップではなくマヨなんだそうだ。バターの香りと半熟具合が程よい会心の出来だったのに、無残にもマヨで覆われていく。見ただけで口の中に唾が溜まるくらい酸っぱそう。
 まあこんな光景は見慣れている。土方が高校生だった頃から数えてもう十年は経つ。土方といえばマヨネーズだったし、成人してからは俺を真似てタバコも吸うようになった。
 今、俺が慣れないのは土方本人に、だ。

「なに見てんだ。銀八もマヨかけるか」
「絶対かけない」

 美味いのに、とむくれる土方はいつも通りに見えてそうではない。今の土方は、俺の恋人ではない。
 半年ほど前、土方は交通事故に遭った。幸いにも大きな怪我はなかったのだが、どういう訳か記憶の一部が土方の中から消えてしまった。本当にごく一部で、日常生活に差し支えはない。
 ただ、俺に関することだけが、すっかり無くなってしまった。
 病院に迎えに行ったとき、困ったように首を傾げて『坂田さん、ですよね?』とよそよそしく呼ばれたときの衝撃ったらなかった。主治医から予め説明されていたにもかかわらず、だ。土方のほうにも説明があったのだろう。俺の名前も知っていたし、同居人であることも納得はしていたが、そうなった経緯は今でも知らない。
 忘れてしまったのならこの関係は解消するべきではないかと、それは真っ先に考えた。
 けれど土方は当然のように俺たちの家に帰ってきた。『ここに住んでたことくれえ覚えてる』そうだ。住んでいたことばかりじゃない。仕事のことも友人のことも、なんの支障もなく記憶は継続していた。帰るなり職場に連絡して、急に休んだことを詫び、これからのことを相談していた。その手際の良さも、いつも通りだった。
 部屋の配置も物のありかも、迷うことはなかった。ただ、なぜ歯ブラシが二本あるのかとか、マグカップはなぜペアなのかとか、ダブルベッドは誰が使うのかとか、そんなところだけは曖昧らしく、密かに首を捻っているのを偶然見た。特にベッドなんか絶句してたっけ。

「美味いけど、中もケチャップライスじゃなくてマヨライスが良かった」
「そんなライス想像もつかないんで却下」
「想像つくだろ、美味そうだろ」
「いや、全然」

 ぷう、と土方は頬を膨らませる。前の土方もよくこの顔をした。餃子の中身をマヨにしたら美味いと思う、なんてとんでもないこと言い出したんで却下した時とか。そしてその時も今と同じように膨れつつもせっせと料理を口に運んでいた。

「料理って交代制じゃねえの」
「交代制にしたらお前の番のときマヨ尽くしにしやがったんでやめたんだよ」

 チッ、と舌打ちが聞こえた。やっぱり考えることは同じかちくしょう。させねえよ。
 同じことを考え、同じことをしようとする土方は、間違いなく前の土方と同じ人間だ。そうは言っても昔と同じような気持ちを俺に抱くことはないだろう。今の土方にとって俺は、病院で初めて会った他人のはずだ。
 それなのに土方は、帰ってきたときと同じように当然みたいな顔をして俺の傍に居続ける。
 実家は覚えているか、と恐る恐る尋ねたことがある。当たり前だろうと笑い飛ばされた。帰ったほうがいいんじゃないかと言うと、今度は鼻で笑われた。

『俺の家はここだろうが。なんで実家戻んなきゃいけねえんだよ』
『俺も住んでんだけどな』
『そこは正直覚えてねえけど』

 土方は眠くなったときの癖で、手近にあったクッションを抱きかかえてその辺に行儀悪く寝転んだ。

『あんたがいることに違和感もねえから、きっと一緒に住んでたんだろ。それに』

 目を閉じて、土方は幸せそうに笑った。

『きっと好きだったんだなって思う。なんとなく』

 その笑みは、眠くなったときに程よい抱き枕があったせいかもしれないし、行儀の悪さを咎められなかったせいかもしれないけれど。


「じゃあマヨは俺の分にしかかけない。だからまた交代制にしよ」
「前もそう言ったんだよお前。そんで出来なかったの。だから飯は俺。わかった?」
「前はそうかもしんねえけど! 今度はちゃんとやる」
「いやいや、マヨ抜きのメニューひとつも思いつかなかったヤツに二度と作らせねえからな」

 お前が作れるの何よ、と言ったら黙ってしまったのも前と同じだ。じゃあいいや、と拗ねてしまうのも、すぐに立ち直って『明日は……』と嬉しそうにリクエストしてくるのも、前とまるで変わらない。
 忘れてしまったのなら、無かったことにしたほうがいいのではと今でも思わないでもない。
 でも、土方は昔も今も土方だな、と最近思うのだ。重度のマヨラーで、わがままで、男前なのに気が抜けると子供みたいな顔をするひと。
 俺と土方の歴史がまっさらになってしまったとしても、もう一度同じことを繰り返せば元通りになるのではないだろうか。そんな錯覚さえ起こすほど、土方は変わらない。
 もう寝ようぜ、と土方が目を擦り始める。

「ったく、風呂入ってねえだろう」
「明日の朝入るからもういい」
「先に寝てれば?」
「イヤだ」

 俺の背中を押して寝室に押し込もうとする土方に、逆らうのはやめることにした。わがままな忘れん坊は、今日も俺を抱き枕にしていい夢を見たいらしい。それで土方が幸せならいいか。もう考えるのはよそうと、俺はもう何十回何百回と決めたことを今日も決意するのだ。



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