不公平な恋人


 上役がみみっちい嫌がらせをしてきたのでほんの少し――いつも沖田におちょくられては激怒する土方にしてはほんの少し、言い返したら思いの外問題にされてしまった。
 結局土方が詫びてことは済んだが、松平には呼び出されるし説教されるし酷い目に遭ったと思っている。もちろん真選組の名に傷がつかなかったことには安堵した。が、個人的には『そもそもあっちが仕掛けてきたんだろ』と思っている。
 表向きの謝罪が済んでも腹の内に燻りは残る。ところが案外これが理解されない。

「気持ちはわかるけどさ。まっ、もう済んだことだし、あっちだって内心ヤバイと思ってるって。な? トシも切り替えろよ」

 慰め顔ではあるものの、近藤という人は基本的に他人の悪意を理解しない。相手だって本当は悪いと思ってると信じて疑わない。いわば『ケンカ両成敗』だ。一理あると思わないでもない。言い返したときの、相手の顔を思い出す。驚きと、軽い怯えを帯びた色を浮かべていた。予想外の反撃だったのだろう。だがそれは、近藤がお人好しにも想像するような『反省』ではないと土方は思うのだ。飼い犬に手を噛まれた憤りと、飼い犬が思いの外凶暴だと知ったための恐怖。だからこそ潰しにかかったのではないか。
 沖田は土方の失点に大喜びで揶揄いのネタにしかしない。あんなジジイに頭押さえられてヘイコラするなんざアホとしか言いようがねえ。切腹でもしたらいいんじゃねえんですかぃと、それは嬉しそうに言ってのけた。上手くやんなせェよ。真っ向から食ってかかるアンタが阿呆なんでィ。何回聞いたってアンタが悪ィや。
 副長のちょっとした失敗は、さすがに幹部のごく一部しか知らない。山崎あたりはなんとなく察してはいるようだが巻き込まれたくないとばかり知らん顔だ。

 だからつい、土方に甘い男に溢してしまった。とはいえ土方も気が咎めて、なるべく公平に、相手の揶揄も覚えている限り正確に再現したし、自分の言動を小さく言うことは避けた。口にしてみると、刀も持たない中年の男に酷いことをしたような気がしてきて、土方の言葉は尻すぼみに小さくなった。
 それなのに銀の髪の男は、眠たげな目をいつになく見開き、低い声で『なにそれ』と唸った。

「あっちが先に仕掛けてきたんだろ」
「まあな」
「やり返したったって別に、奴さんに表立って恥かかせた訳でもねえんだろ」
「……人に見られちゃいねえな」
「要はジジイが勝手にビビっただけだろ」
「ビビらすためにやったんだがな」
「おめーの目付きが多少悪ィことなんざ、先刻承知だろあっちだって」
「さあ……」
「つーか直属の上司じゃねえんだろ」
「そうだな」
「じゃあ好き勝手していいって訳じゃねえじゃん、」

 銀時の声は次第に大きくなる。会ったこともない男を断罪するべく、土方からあれやこれやと聞き出しては腹を立てる。
 ひとしきり聞いて、土方は自分の腹の内に燻っていたものが消えていることに気づく。

「総悟の言う通りかもしれねえ。次はもう少し上手くやるわ」
「上手くって……! おめーは悪くねえだろ、それにゴリラは? ゴリラくれえ一緒に怒ってくんねえの?」

 そう言われて思い当たった。
 泥を被ることなど今までに何度もあった。なのに今回、こんな些細なことがいつまでも引っかかっていたのは、

「――近藤さんは公平だからな」

 面倒に巻き込まれて大変だったな、お前は悪くないよと言って欲しかったから。

「爺さんも悪ィが俺も悪い。爺さんは表立って罰は食らってねえが」

 公平な裁きを望んでいたのではなく。
 要するに、自分は甘えていたのだ。そして土方にとことん甘いこの男は、たとえ土方が圧倒的に悪くても、きっと土方の側に立つ。いわば専属弁護士。
 だからこそ、自分はこの男に溢したのだ。
 ふふ、と笑みを溢すと、銀時は眉をしかめながら土方の顔を覗き込む。大丈夫?と心配そうに尋ね、そっと背中を抱き寄せる。

 世界のすべてが土方を責め立てても、この男だけは自分の味方でいてくれるのだろう。そんな男がいる、幸せ。


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