決意


 総悟は神楽と出かける約束を取り付けたらしい。なんかゴチャゴチャ言ってたが、やっとデートか良かったなと言ってやったら悪態吐かれてガチャ切りされた。
 近藤さんは志村姉の勤め先に迎えに行こうとして撃沈された。それはやめた方がいいと俺も忠告したんだが、聞き入れられなかった。山崎はたまと出かけるらしく、今から予約できるレストランを探しまくっていた。一緒に探したほうがいいんじゃないだろうか。そういうのは二人で決めるのが楽しいと思うのだが。

 そして俺は一人だ。

 俺のせいだ。俺がそう望んで、銀時にそう宣言したのだから嘆くのは筋が違う。
 だが、いつもすぐそばにあった暖かさがなくなったことに俺はまだ慣れなくて、友人の浮いた話に現実味を感じられないでいる。
 最初に戻っただけ。それだけだ。
 俺が手を伸ばしていいひとではなかった。なのに、忘れたくないと思ってしまう。もう一度あの暖かさに触れたいと願ってしまう。
 あの日俺は銀時の家に行くべきではなかった。あの日とは、もちろん銀時が熱を出して帰った日だ。あの女は気に障ったが、銀時がそれで良しとしているのなら俺は見て見ぬふりをするべきだった。松陽先生に会ってしまって鍵を託されたから行かざるを得なくなったというのは、俺の言い訳だ。断ればよかったのだから。断って、銀時が無事家に帰り着いて眠っていることを松陽先生の口から聞いて納得して、そのまま帰ればよかった。百歩譲って家に上がったとしても、銀時が眠っているうちに帰らなければならなかった。
 すべては俺の未練がましい行いが原因だ。
 そんな俺を、銀時は受け入れてくれた。抱きしめて、名前を呼んでくれた。俺はその幸運に感謝こそすれ、慣れるべきではなかった。
 俺は、醜い。


 良さげなレストランを予約できなかった山崎がテンパって俺に相談してきた。

「なんかいいとこ知りませんか。知ってるでしょ土方さんなら」
「知らねーよ。なんで知ってることになってんだ」
「イヤ知ってますって。ちょっと時間ありませんか? この後飯でも食いましょうよ」

 今度のバイトは山崎と一緒だった。年末までの期間限定で、とあるオフィスの転居に伴う書類整理をしている。期間は限られているのに破棄する書類なんかも大量にあって仕事は多い。友達を紹介しろと言われて、地味な顔が思い浮かんだので連絡してみたら二つ返事でやってきた。クリスマスに向けて金を貯めたかったらしい。なんやかんやでコイツとなら仕事はしやすいから俺も助かっている。
 で、休憩中に無茶を振ってきたので断ろうとして、やめた。
 もう家で自炊する理由はない。
 外食して帰ったほうが楽だ。前はそれが当たり前だった。弁当を買って帰るか、その辺で適当に食って帰るか。俺の食生活なんてその二択で充分だったのだ。
 一人で飯を食うのも、当たり前だった。
 そこに山崎がいようがいまいが大した変わりはない。承諾すると、誘ったくせに山崎のほうが目を瞠った。

「旦那に怒られません?」
「なにが」
「いいんならいいですけど。なんか旦那って、土方さんのことはずい分束縛してる感じだったんで」
「そうでもねえだろ」

 何か言いたそうな顔の山崎をどやしつけて仕事に戻る。バイトだから単純作業ではあるが、仕事中の私語は慎むべきだろう。それに、山崎の無駄話に付き合ってないでさっさと仕事を終わらせたい。
 とはいえ残業はしないように配慮はされているようで、今日も時間通りに終わった。オフィスを出た俺たちは少し遅い夕食をとることにした。
 ファミレスに行きたいとか吐かして内心めんどくさかったが代案もなく、むしろどうでもいいので付き合った。お前クリスマスに向けて金貯めるんじゃなかったのかよ。

「土方さんならファミレスでもいいですけど、デートにはどうかと思うじゃないですか」
「思わない」
「女の子ですよ! それにちゃんと二人きりで出かけるの初めてだし」
「嘘つけ、高校ンときも部活サボって二人で帰ってただろうが」
「高校のときは帰るだけでしょ。もうガキじゃないんだから……」
「あっそ。あの女が小洒落た店に行きたがるとは思えねえけどな」
「たまさんをなんだと思ってんです!?」
「変な女」

 まあ、それでも女には違いない。相当変わってると思うが、見てくれは可愛らしいし、器用ではないが何かと心遣いをしようとする女だった。

「土方さんならどこ行きます?」
「知らん。その辺の飲み屋で充分だろ」
「旦那ならそれで満足でしょうけど! 何度も言いますけど女の子なんですってば!」
「あっそう」
「ちなみに土方さんは? クリスマスどうするんです」
「どうもしない」
「イヤ真似しようとは思いませんからンな警戒しないでくださいよ。参考にするだけです、やっぱおうちデートですか」
「しない」
「え、どっか行くんですか? 俺には飲み屋とか言っといて?」
「だから何もしねえよ」

 やっと山崎は口を閉じた。いい按配だ。なんで他人のデートプランを考えてやらにゃならんのだ。自分で考えろ。

「忙しいんですか?」
「二十日には終わるんだろ。それ以上延長はねえだろう」
「終わるんですか? それまでなんか予定入ってるとか?」
「お前な。なに聞いてたんだ、最長でも二十日って最初に言われただろうが。二十一日以降はバイトは入れられねえって」
「俺たちの話じゃないです、旦那のことです」

 やけにきっぱり言い切られて、答えあぐねた。とりあえずドリンクバーにコーヒーを取りに行く。だが空気を読まない山崎はわざわざ付いてきて、どうなんだとしつこい。話を変えたいが特に話題も思いつかず、席に戻ってもまだ話は続く。ほんと鬱陶しい。

「会う予定はねえ。それがどうした」
「あの人そういうイベントデイははしゃぎそうなのに、意外だなぁ」
「……」
「もしかしてサプライズ狙って、わざと土方さんに声かけてないんじゃ」
「違う」
「いやいやありそうでしょ。まあ成功するかどうかは別として」
「ない」
「土方さんの気に入らなくても、少しは喜んであげたらいいんじゃないですか。旦那は土方さん喜ばせたくてしょうがないんでしょうから」
「……」
「土方さん?」
「その話すんなら俺は帰る。テメェがカノジョとどこ行こうが何しようが俺の知ったこっちゃねえ」
「ちょっと待ってください」
「じゃあ、」
「土方さん」

 いつの間にか、山崎のだらしなく緩んだ顔が真顔になっていた。やっぱり飯は一人で食うべきだった。

「旦那と喧嘩しましたか」

 ケンカ、ではない。
 そもそも争ってもいない。
 ただ俺はあのひとにどんな顔で会えばいいのか、わからなくなってしまっただけだ。

「そんなんじゃねえよ」

 あのひとにはもっと、優しくて気立てのいい女が相応しい。俺ではなく、そもそも男ではなく、女の恋人を隣に置くべきだったのだ。

「どうしたんですか。こないだまであんなに仲良かったのに」

 それは気のせいだ。確かに俺こそがその夢を見ていた。ずっとこのまま、あのひとのそばにいられるのではないかと錯覚し始めていた。そうしたいと願ってしまった。
 だが現実は、俺にその資格はなかった。もともとなかったのだ。だから一緒にいられなくなった。それだけのことだ。

「――帰る」

 詮索したくてたまらないという顔の山崎を残して、俺は席を立った。


 幸せだった。
 短い間だがそばにいられた。好きだと言ってもらえた。抱きしめられて、十四郎と呼んでもらえた。
 それだけで充分だ。充分なはずだ。
 それ以上を望んではいけない。いけなかったのに。

 鼻の奥に熱い塊が込み上げてきて、俺は必死でそれを飲み込んだ。
 気を抜いたらなにかが溢れてしまいそうだった。
 暗い部屋に辿り着き、灯りを点ける。
 最近は冷えてきて、帰るとしばらく寒くて仕方がない。ジャケットも脱がずに暖房のリモコンを探す。どこにやったっけ。確か家を出るとき、帰ったら見つけやすいようにと玄関に置いといたんだっけ。
 玄関には竹刀が二本立てかけてあった。
 一本は俺ので、もう一本は。
 あのひとは手入れも大雑把で、面倒がってやりたがらないのを諭してここで二人で点検をした。試合の相手を怪我させることもあるんだぞと言ったら急に神妙な顔になって、『十四郎を怪我させちゃいけねーよな』なんて言って、それからは毎回ちゃんとやるようになったっけ。

 ああ、返さなきゃ。
 もう二人で稽古することもないんだな。
 打ち込みのひとつひとつ、全部覚えている。
 強かった。美しかった。


 遂に涙が溢れて、止まらなくなった。




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