目眩し


 十四郎の気に障ったことなんて、そんなのひとつしか思い当たらない。
 でも前カノが俺に会いたがってるって、どうして十四郎にわかったんだろう。
 もしかしてあの娘、俺が十四郎とつき合ってるってことを突き止めて、俺じゃなくて十四郎に何か余計なことを言ったのか。

 どうやってそれを確かめればいいのか。

 女と電話で別れ話をした日、通話を切ってそのままアドレス帳から消した。十四郎の目の前でそうすることで安心もして欲しかったし、何より俺の気持ちをアピールしたかった。
 ああ、あのときの俺はなんて傲慢だっただろう。
 俺はお前を選んだのだと十四郎に見せつけることで、俺の気分が良くなっただけだった。女には理不尽な別れを告げ、新しい恋人にはただ自己満足を押しつけた。俺の傲慢な行動は十四郎を安心させるどころか、近い未来自分もこうして電話一本で切り捨てられるのかもしれないという不信感を持たせたに過ぎなかったのかもしれない。
 悔しいが高杉の言う通りだ。『我が道爆進中』で『極悪非道』だったっけ。アイツもそれに当てはまるのは置いといても、俺も似たようなもんだったってことだ。

 謝ればいいんだろうか。なんて謝れば? そもそも何を?
 あやふやなことは自覚していた。それでも俺は、十四郎の声が聞きたくて、ただあの声に縋ってまだ関係は修復できることを確信したいがためだけに電話をした。
 いつもならすぐ出るのに、何コールか待ってやっと十四郎は出た。

『なに、』
「えっあの、今日、」
『ウチは悪いけど……』
「そうじゃなくて! 泊めてとかじゃなくて、」
『そうか。なら、何』
「えっと。あの、も、もしかして誤解してるかもしんないけど! あの女とはなんもないからな!」
『……どの女?』
「えっ」

 知ってるんじゃないのか。前カノの顔は見たことあるはずだ。ああそうか、俺が学校で昼寝してる間にキャンパスであの娘とかその友達とかに偶然会っちまって囲まれて、そんでなんか嫌なこと言われたのか。そん中のどれだってことか。

「会ったの、前カノじゃねえの」
『なんのことだ』
「え、俺の元カノが俺に……え、」
『………銀時、』

 十四郎の声には表情がなくて、顔が見えないから怒っているのか、泣いているのか、それとも俺を揶揄っているのかわからない。

『しばらく会えねえ』
「なんで!? 怒ってんの……?」
『バイト。短期だけど、学校終わって直行するから』
「じ、じゃあ昼飯は食えるよな!?」
『………』
「十四郎、」
『悪ィが』

 その後は、続かなかった。
 そしてしばらくして、明日早いから寝たい、と宣言され、俺は引き下がらざるを得なかった。
 次の日から十四郎を見かけなくなった。俺の行動パターンを知り尽くしているから、避けようと思えば簡単に避けられる。俺だって十四郎の講義を把握はしているから教室に迎えに行ったけれど、俺の知らない友達と話してるんでタイミングを計ってる間にスルリと逃げられてしまった。電話には出なくなった。メールも返信がない。
 完全に避けられている。
 どうしよう。
 そもそも俺は何をしたのか。何が悪かったのか。
 昔のツレのことを蒸し返されるのが不快というのは想像できるが、今回俺は女に会ってすらいない。それともやっぱりあの女、十四郎に何かしたのかもしれない。
 こうなったらあの女を問い詰めるしかない。

 高杉と連絡を取り、俺のバイト先に呼び出すことに成功した。
 もちろん図々しいっつか、遠慮の二文字が載ってない落丁本辞書で生まれ育ってきたチビだから、散々飲んで食って当然みたいな顔して俺に払わせやがった。バイト終わりに店を引きずり出して、近所の公園に連れてった。

「で? 今日も俺ンちに泊まりてえってか」
「行くか馬鹿。またトラップ掛けられちゃたまんねえ、それより」
「げ。馬鹿だ馬鹿だとは思ってたがテメェ、まだ騙されっぱなしかい」
「――は?」
「トラップて。ありゃ嘘だ阿呆」
「―――は?」
「高校ンときならともかく、テメェの女なんぞいちいち探し出してちょっかいかけるほど俺ァ暇じゃねえ」
「は? だって河上が合コンで偶然……」
「阿呆。万斉は合コンなんざ行かねえ」
「はっ?」
「万斉は……まあヤツはどうでもいいが、テメェが来たときウチのインターホン鳴らしまくったのァ似蔵だ」
「はあ!?」
「アイツ言えばなんでもするし」
「はああああ!? ちょっと待てどういうこと!?」

 高杉のバカがニヤニヤしながら白状したところによると、俺の前カノが俺に会いたいとか言ってんのはまるでガセ、『そんな女見たことも見るつもりもねえ』んだそうだ。
 どういうことだ。
 イヤそれより俺は十四郎に何て言った。


『あの女とはなんもないから』
『どの女?』


「テメェなんてことしてくれてんだ俺が浮気したみたいなかんじになってんじゃねえか!? 十四郎に謝れ、つーかテメーの悪質なイタズラだって説明しろ」
「そりゃ無理だな、ククッ」
「なんでだよ!? テメーのお茶目な思いつきのせいで俺たち気まずくなってんだろうが! ふざけんな十四郎の誤解解け!」
「だから無理だ」
「てめッ」
「『銀時を誘うな』って言われたんでな。土方に」
「――は?」
「今日のはテメェから誘ってきたから俺の中ではノーカンだが、わざわざ土方にテメェに会ったって言うのもどうよ」
「どういう……」
「知るか。土方とはそこそこの付き合いだと俺は思ってたが、こないだはエラく冷たかったぜ」
「冷たかった……?」
「誘うなって、それだけ言って電話切りやがった」
「……?」
「ケンカ売られたのかもしれねェが、買いに行くのが面倒でな。放ってあらァ」


 頭の中はますます混乱する一方だったが、高杉に用はないってことだけはわかったんで早々に別れて俺は自宅に帰った。松陽のなんか言いたそうなツラを横目にさっさと寝るふりをして部屋に篭った。部屋に入ったとき、今日高杉をぶん殴るの忘れてたことを思い出したがわざわざ殴りに行く気力はもうなかった。

 どういうことなんだ。
 十四郎はバカ杉が俺を揶揄って笑ってることに気づいたのか。それで怒ってくれたのだとしたら、なぜ今俺は退けられているのか。馬鹿なトラップに易々と引っかかったから?
 沸点低すぎだろ。確かにバカ杉には腹立つが、こんなんいつものことだ。今度仕返ししてやるし、俺の高杉への積年の恨みはいろいろあるけど今回ので金輪際関係を断ち切るってほどでもない。許しがたいけれど、繰り返すがいつものことなんだ。これが特別に腹立たしいとすれば、十四郎を巻き込んでしまったことだ。でもそれは今後俺が高杉から十四郎を守ればいいだけの話だと思う。むしろ十四郎が今まで以上に高杉と接触しなければいいだけであって、俺とバカの間には何も変化はない。
 というか十四郎だって良く沖田にこの程度のことはされてたんじゃないのか。俺はやり返すけど、十四郎は沖田のこと口では文句言いつつもぶちのめしたところを見たことがない。あっちの方が甘いんじゃないの。

 とはいえなんとなく気は軽くなった。バカ杉に騙された俺にちょっとお仕置き、ってかんじなんだろうと予測ができたから。今すぐ別れるとか、そんな深刻な話じゃないってわかった。
 それなら頃合いを見て、俺から連絡すればきっと仲直りできる。
 俺は十四郎にメールをすることにした。『高杉に揶揄われてごめんね。大丈夫だから心配しないで』と。
 返信はなかった。バイトだと言っていたから気にしなかった。あっと言う間に十日も経っていたが、忙しいのだろうと信じていた。


『心配はしていない。しばらく距離をおきたい』


 世間はクリスマスシーズンに入りつつあった。コンビニはそれらしい商品を揃え出し、俺のバイト先では猿飛が月詠に手伝わせてクリスマスらしい飾りつけをした。神楽からは『日本にもサンタクロースは来るアルか』なんて訳わかんないメール来るし、新八は姉ちゃんとパーティするのに適当な店を教えてくれって尋ねてきた。


 その賑わいを余所に、俺は一人だった。

 



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